2009年11月 2日 (月)

今話題の・・・。

先日、今話題の

 「新型インフルエンザ」の予防接種 

を受けました。

もしかしたらの副作用が怖くて、受けないでおこうかなぁ~なんて思っていましたが、

貴重なワクチンらしく、

救急の当直する人は優先的にだそうで、

ありがたく接種させていただきました。
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ここの病院は中規模の病院です。

もちろん全職員が接種できるのでなく、最優先順位の人間しか接種できませんでした。

たった78人分しか配分されなかったので、

医師でさえ、外来当直をしない医師は接種できませんでした。

看護師も病棟看護師は接種できず・・・。
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こんな状態では、今年中に一般の健康な市民にまでワクチンがいきわたることは無いと思います・・・。
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副作用、出なくてよかった・・・。

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2009年10月 1日 (木)

職場のいじめ。

地方の中規模の公立病院。

大学病院と違い、身分は地方公務員ですから、定年まで勤務される方が多いです。

50過ぎの方がごろごろいます。

だって、看護師の平均年齢41.5歳ですもの。
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昨日付けで辞めて行った方がいます。(看護師ではありません)

外来受付のパートの女性。

看護助手のおばさんのいじめに耐えかね、辞めていきました。

この「看護助手」というのは、看護師ではありません。国家資格があるわけでもなく、だれでもなれます。掃除をしたり、配膳をしたり、物を運んだり。こっちからするとお気楽な仕事にしかみえません。(でもいていただかないと看護師の仕事は回らないんですがね)
公立病院の看護助手というのも「公務員」ですので、こんなおいしい仕事、辞める人はいません。定年まで働くひとがほとんどで、当然長く働けば、給料も自然に上がっていきます。
定年間際くらいまで来ると、月40はもらっているそうで、私たち看護師なんかよりずっと多いので、「これってどうよ!」って思っている看護師は多いんです。「掃除して・文句いって・無駄口叩いているだけで、退職金うん千万って、どうよ!(怒)。」
年をとってくると口もたちます。若い私たちが依頼したことに文句をつけ、すぐに動かないことなんかしょっちゅう。どんなに態度が悪くても、公務員なのでリストラされることもなく、どうしようもありません。

外来受付のパートの女性は、畑違いの「看護助手」から自分の仕事にちゃちゃと入れられ、用は、言葉のいじめにあっていたようです。

スタッフからの奴へのクレームは相当多いようで、呼び出して注意するそうだが、看護部長さんの手にも負えないようです。
それでも、首を切れないのが公務員・・・。
公務員ってなんなのよ!
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    ・
どこでもそうなのかもしれないけれど、

「言葉のいじめ」って結構ある気がします。

私も受けたことがあります。
でも、負けませんでしたよ。
言い返すのではなく、別のことで見返してやりましたけどね。
相手の「やられた」って表情を見た時は、快感を感じました。
なんか、自分の醜い部分が露呈してしまったような気がしますが、心の中で「ざまあみろ!」と、悪魔ちゃんの笑声が響いてました。
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人間って怖いわぁ。

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2009年9月14日 (月)

続・ワンクリックの重さ。

どれくらいが経ったのでしょう。

『生化』のところをワンクリックするまでに。

意を決して、

ポチッ

HCV抗体  -

涙・・・・・

肩を揺らして泣いた。

一緒に見守ってくれた年配スタッフも泣いてくれた。

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2009年9月13日 (日)

ワンクリックの重さ。

とうとうこの日がやってきました。
いや、やっとこの日がやってきたという感じです。

白黒はっきりさせて、楽になりたかった。

針さし事故からちょうど1か月。

午前中の仕事は、習慣で動いていただけで、頭では恐怖でいっぱいでした。

昼の休憩時間に、採血をし、結果は院内オンラインのPC端末で見ることができます。

結果が出るのに1時間程かかります。
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彼女は、今日は家庭の事情で仕事を休んでいました。

前日に、「結果が出たらメールください。必ずくださいね。絶対ですよ。気になって仕方がないです。お願いします。」と言っていた彼女。
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      ・
採血をしてから2時間がたちました。

午後の仕事も一段落。

結果は、ワンクリックで見ることができます。
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      ・
過換気になってくるのがわかります。

指先が震えます。

極度の緊張で、PCで自分のカルテが開くことができません。

もう、駄目だ!このままひとりで結果を見る勇気がない。

見たとしても、もし、(+)だったら、気を失うかも。
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      ・
一緒に働いているスタッフにこんなうろたえている姿を見られたくなかったので、
無我夢中で、看護部長(看護師のトップの人で、人事権なんかも握っている人)の部屋を訪ねていました。

が、あいにく不在・・・。

自分の部署に戻ると、そこには年配のスタッフがひとりでいました。

「どうしよ~!感染してたらどうしよう!」と、今まで一度も言葉に出していなかったことを、口走っていました。

そしたら、涙が吹き出し、震えが止まらず、「怖いよ~ぉ!どうしよう!」と、感情があふれてしまい、自分で自分の感情をおさえることができなくなってしました。

「大丈夫。感染なんかしていない!と思って結果みてみな!!!」と強く励まされ、

やっとのことで、自分でカルテを開くことができました。

そして、『生化』のところを・・・

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2009年9月12日 (土)

続続・恐怖の中からみる光。

起こった出来事も、これから起こる出来事も、もうすでに決まっていた・決まっていることなんです・・・

みたいなことが書いてありました。
   ・
   ・
だから、針を誤穿刺してしまったことも、そうなると決まっていたことだし、感染してしまったとしても、前からそうなると決まっていたことなんだ・・・よね。

使用済みの針をそのままにしておいた彼女を恨むのではなく、こうなったことで、自分が得た人生を豊かにできるきっかけを貰ったんだと、感謝しよう。
   ・
   ・
この記事を読んで、

「宗教っぽい」って感じる方もみえるでしょうね。

でもね、突然、死の期限を言い渡されたら、こう思うしかないです。

今までの、「普通であることの幸せ」に感謝なんです。

病気を恨んでもしかたがない、彼女を憎んでもしかたがない。
   ・
   ・
あの本に出会えた奇跡に感謝。

自分の心が強くなった気がします。

もっと人生楽しもうと思います。

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2009年9月11日 (金)

続・恐怖の中ならみる光。

彼が貸してくれた本。

本なんて読む気分ではないが、パラパラめくってみた。
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    ・
2~3ページ読んでみた。

自分の今の気持ちが、晴れて行くのがわかった。

光が見えました。
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真剣に悩んで、落ち込んでいたからこそ、ここに書かれている言葉が私に響いたのだろう。

本を読んで救われた気持ちになったのは初めてだった。
    ・
    ・
この本を読み終えてからは、

元の自分に戻れた。

いや、元の自分より少し成長した自分のような気がした。

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2009年9月10日 (木)

恐怖の中からみる光。

あの日から数日が経ちました。

彼は、このことについて何も聞いてこないし、何も言いません。

私も、何事もなかったかのように、日常生活を淡々と過ごすことに集中していました。
     ・
     ・
ある夜、私は子供たちが寝付いた後も、死の恐怖に襲われ眠れず、見たいわけでもなTVをつけて、遠いところを見ていました。

そんなところに、仕事から帰ってきた彼は、私に一冊の文庫本を差し出しました。

「先輩が貸してくれたんだけど、読む?」

それだけ言い、お風呂に消えていきました。
     ・
     ・
『100%幸せな1%の人々』

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2009年9月 9日 (水)

続続・死を意識すること。

翌日、仕事には何事もなかったかのように出勤できました。

彼女にも普通に挨拶できたし、普通に仕事もできていたように思います。自分では。

感染したがどうかの検査は1ヶ月後。

結果が出るまでは忘れようとしていました。

でも、ふとした瞬間、思いだす、死ぬことを。

そして、彼女の顔を見るたびに、

もし、陽性だったら、この人を恨むんだろうか。恨み続けるんだろうか・・・と思ってしまう。
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      ・
あの日から、

心から笑えなくなった。

何にもやりたくない。

眠れない。

溜息が出る。

時々めまいがする。
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       ・
たった数日で、体重が4キロ減った。

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2009年9月 8日 (火)

続・死を意識すること。

その日の夜は寝れませんでした。
     ・
     ・
感染してないかもしれないけど、感染してたらどうしよう・・・

家族に感染したらどうしよう・・・

死を宣告された人の気持ちってこんな風なのかな・・・

怖い・・・

あんなふうに自分も死んでいくんかな・・・

翌日、彼女に対しどういう態度で接すればいいのか、どういう風に仕事をしたらいいのか・・・

何であの時ゴミをかたづけようとしたんだろう・・・

あんなことしなかったら、こんなことにはならなかったのに・・・

やっちゃったもんはしかたがない・・・

もうどうしょうもない・・・

考えたってしょうがない!

考えたってしょうがないんだ!

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2009年9月 7日 (月)

死を意識すること。

何かの時に、彼に、

「うちの病院には危険手当がないんだ」ってことを話したことがあります。

誤穿刺の危険や、感染のリスクなんかについても話したりなんかします。
        ・
        ・
そんな彼に、今回のことを報告しました。
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        ・
いつもほんわかしている彼が、

「なんで針を放っておくんだよ!!!!!」と声を荒げて怒りました。

そして、平静を装うふりをしようとしてもできない私をぎゅってしてくれました。
        ・
        ・
私のありえないくらい沈んだ表情で、

とてもまずいことに巻き込まれたのかを感じていたでしょう。

彼は、私と一緒で、 

漠然とした「私の死」を意識したことでしょう。

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2009年9月 6日 (日)

続続・青くなった日。

彼女は私に謝りました。

彼女も分かっています。

もし、感染していたら、最悪最後、どうなっていくのか。

C型肝炎ウイルスは、誤穿刺しても、感染力が弱いので、感染率は低いと言われています。

しかし、この患者さんのウイルスは活発に活動している段階のウイルス。

自分に降りかかったこの恐怖。

一般論なんて「私が感染してない」なんていう安心材料にはなりません。
       ・
       ・
彼女は言いました。

「一生、ついて行きます。一生お世話をします。ごめんなさい」と。

私は、なんて言ったらいいかわかりませんでした。

「使った針はちゃんと針入れにいれなきゃ。」
これしか言えませんでした。

彼女を怒鳴ることも、叩くことも、できる私ではありませんでした。

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2009年9月 5日 (土)

続・青くなった日。

肝臓の造影エコー検査にくる患者さんは、肝臓にトラブルがある患者さんで、だいたいが肝炎ウイルスにおかされています。

ウイルスは血液を介して人から人へ感染していきます。

C型肝炎ウイルスに感染したら、肝炎・肝硬変・肝がん・・・その先どうなっていき、どうなっていくか、何人もの患者さんを見送ってきました。
      ・
      ・
私の小指に刺さってしまった針は、

C型肝炎の患者さんに使用した後の針で、

それも、かなり活発に活動しているウイルス。

インターフェロン治療をしていても静かになってくれないウイルスを持った患者さんに使った針えを誤穿刺してしまったのです。
      ・
      ・
医療界では、「誤穿刺予防のために、使用済みの針は、すぐに針入れに入れる」のは常識です。

私は、このワゴンの上にはこんな危険なものがあるだろうなんて、思いもしませんでした。

刺さった瞬間、感染症(肝炎ウイルス)があるだろうとすぐに思いました。

そして、感染した行く末を思い、目の前が真っ白になりました。

血を絞っているとき、

何で使った針を放って次の仕事に行くんだ!

すぐに針入れに入れないんだ!

と彼女を恨み、

親切心でやったことがこんなことになってしまって、

人の仕事に手を出した自分を責めました。

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2009年9月 4日 (金)

青くなった日。

この日は、一生忘れることができないでしょう。
       ・
       ・
私は、今年入職してきた彼女のプリセプター(教育係)です。

彼女とは年も近く、同じくらいの年の子供をもつワーキングママ仲間。

気もあって、一生の友達になっていく予感がお互いしていました。
       ・
       ・

7月の最後の日。

今日は、彼女と二人で注射係でした。

CT・MR・エコーなどで、造影剤を使用して撮影する場合に、医師の指示で血管確保をする仕事。

彼女のブランクは4年ですが、復帰して3か月。だいぶ仕事の勘は戻ってきているようにみえました。
       ・
       ・
自分の仕事が一段落し、彼女の仕事の状況を把握しようと、検査室の廊下を進んで行くと、点滴をされ順番を待っている患者さんがイスに座っていました。

その横に、ワゴンがあり、そのワゴンには、点滴準備に出た空袋などが散乱していました。

彼女は、その場にはおらず、おそらく次の検査場所から要請の声がかかり、そこに行っているのだろうと予測はできました。

私は、ワゴンの上をかたずけようと両手のひらで空袋のゴミをかき集めた

その時!

小指に痛みが!

「痛っ!」

刺さった!

間違いなく刺さった!
      ・
      ・
すぐに近くの流しに駆け込んで

絞り出した

これでもかってくらい

これでもかってくらい

血を絞り出した

私の小指の一点から血がじわっと出てきます

私の顔面からは血の気が引いた

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2009年6月19日 (金)

上司。

皆様の上司はいかがでしょう?

自分の仕事がうまく行かないと、いらついて部下に当ってくる?

部下に意見を求めておきながら、こちらが意見を申し上げると機嫌が悪くなる?

部下に「今日なんだか仕事をする気分じゃないから、私をやる気にさせて!」と言う?
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   ・
   ・
なんだか疲れます。

業務での疲労より、上司の態度に付き合うのに毎日疲れちゃいます・・・

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2009年2月 3日 (火)

一応、解放されました。

看護の世界。

看護師であるならば、「看護研究」に取り組んでいかなくてはいけません。

看護の発展は、日々の研究心・探究心にあるんだよ・・・
     ・
     ・
なんてふうに、看護の世界の偉い方々は言います。
     ・
     ・
     ・
大きな組織ならば、看護研究やQC活動は毎年この時期に発表の時期を迎えます。

これがつらくってね・・・。

日々の業務に追われている中で、発表までに持っていくのは、本当に苦しみだけしかありません。

今年ももれなく私は看護研究メンバーで、最後の一か月の追い込みの時期は苦しかった。

テーマ決めに、アンケートに、抄録に、パワーポイントに。

今年は発表者にはなりませんでしたが、質疑応答に応え、数日以内に論文提出。

“やらされている感”がある以上、達成感もあんまりないです。
      ・
      ・
今年も何とか看護研究発表会が終わりました。

翌日に、

「来年は何のテーマで行く?」と上司に言われ、

「・・・・・・・・」

なんもいえねぇ。

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2008年11月15日 (土)

明日は我が身・・・。

今、うちの病院は大変なことになっています。

「潰れそう」

このことではなく、

「医療事故」

ってやつです。
     ・
     ・
私は当事者ではありませんが、
事故の起こった病棟のスタッフは、自分の休みのほとんどを事情聴取に呼び出され、
心身ともに衰弱しきっています。
     ・
     ・
事故の内容は、
「○○が△△となり患者が××になった」
としか、院内の関係者には伝えられておらず、
詳しいことはわかりません。
     ・
     ・
スタッフ間で、変な噂が飛び交うこともなく、その話題は一切出ません。
ただただ上層部から流れてくる情報を待っている。
そんな感じです。
     ・
     ・
院内の看護師はみんな仲間です。
その仲間が、裁きにかけられる・・・。
心が痛みます。

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2008年10月 7日 (火)

やっと戻ってこれました☆

おひさしぶりです。

このブログを見ている方はそんなにいないとは思いますが、

長らくブログの世界から遠のいておりました。仕方なく・・・。
     ・
     ・
今年度、私は「教育委員会」なる院内の委員会に属し、はや半年が経ちました。

働いている皆さん、おもに看護師さんのスキルアップにつながるような研修の企画・運営や、新人教育の総合プロデュースみたいなことがお仕事。
     ・
     ・
このたび、厚労相が、「医師不足なんだから、少しでも医師の仕事を看護師手伝いましょう。静脈への留置針の留置も手伝いましょう。」みたいな通達が看護協会にありました。

これを受け、当院の医師たちも「やってくれるんだろ!?」勢力が大変強くなりました。

医師が忙しく、医師からの依頼があれば、血管確保をやってあげられるような技術や知識は持っていなければいけなくなりました。
     ・
     ・

「留置針での血管確保」の仕方は学校では教えてはくれません。

でも、

病棟のたいていの看護師は留置針での血管確保はやれると思います。

現場で受け継がれてきた教育で何となくできるってだけなのかな。
     ・
     ・
この留置の方法を教えるのが私の担当で、
当院の看護師全員を対象に、研修を行うことに!!!

私が 講師!? はめられたの。
  

   ・
   ・
今日、研修(講義)が終わりました。

長かった・・・ぁ。

文献探しから始まり、写真・動画の撮影・編集。
パワーポイントの作成。

作成途中は、気がおかしくなるかと思いましたよ。

今日の講義もほとんどぶっつけ本番で、作ったパワーポイントに合わせてしゃべるんですが、動画をコマ送りで説明しろだの、なんだの注文もあり、壇上にあがるときには、緊張のあまり、オェッってなりそうでした。

でもね、「私はできる!」と心の中で大きくガッツポーズ!

不思議としゃべり始めたら、なんだかうまくいきました(^O^)/
    ・
    ・
私、子供をもってから気持ちがとっても強くなった気がします。

子供が産めたんだから、それに比べたらこんなこと大したことないわぁ~

って思えたら、何でもできそうな気持ちになれるのはなんででしょう。
    ・
    ・
思いのほか講義は大成功!

わかりやすかったよ~。
聞きやすい声だったよ~。
堂々と落ち着いてたね~。

今回の経験は、私の人生でちょっとプラスになったかなぁ。

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2008年7月26日 (土)

伝説③

(昼間のナースステーションにて)

ナースコール!

「心停止!ドクターコール!」と先輩Nsの声。

    ・
    ・

先輩Nsが新人Nsに言った。
「さっきの巡視時はどうだったの!!!(怒)」

新人Ns
「ちゃんと私はあいさつしました」

先輩Ns
「患者はどうだったの!!!(怒怒怒)」

新人Ns
「寝てました」

先輩Ns
「呼吸はしてたの!?」

新人Ns
「・・・」

先輩Ns
怒怒怒!!!

   ・
   ・

できの悪い新人Nsが巡視をした直後

指導Nsがその後を追うように巡視をしていた時のできごと。

   ・
   ・

いまだにこのNsはできの悪いままです。

看護師免許を剥奪してやりたい。

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伝説②

(ナースステーションにて)

リーダーNs
「●●さんの点滴、しぼってきて」

スタッフNs
「はいっ」

    ・
    ・

(病室にて)

点滴ボトルを雑巾のようにしぼっていた彼女。

    ・
    ・

正解は「滴下速度をゆっくりに」

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伝説①

(病室にて)

先輩Ns
「スタンド持ってきて!」

新人Ns
「はいっ!」

     ・
    ・
    ・
数分後、彼女が持ってきたのは

電気スタンド

    ・
    ・
    ・
必死に「スタンド」というものを考えた彼女は、
寮にダッシュ!
自分の机の電気スタンドを持ってきた。

    ・
    ・

正解は「点滴スタンド」

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2008年7月 5日 (土)

命かけてます。

アンギオ室で、ある処置の介助についていました。

医師が手にしていたのは、患者の血液の混じった液体の入った注射器。

その中の空気を抜こうと、注射器を立てて内筒を押しました。

バァッッ!

と、注射器の中の液体が飛び散りました。
       ・
       ・
もろに、その液体をかぶったのは私。

顔、肩・・・

そして・・・

眼に入った!

猛ダッシュ!液体のついた皮膚・粘膜を洗い流すために。
       ・
       ・
悲しいことに、汚染源の血液は、HCV陽性

眼球結膜からの感染の恐れは低いとはいえ、“ゼロ”ではないので、生き地獄気分です。

もし、これからの一年間、定期的な採血で、HCV陽性になれば、インターフェロン開始。

ゆくゆくは肝硬変、肝癌に・・・。

その飛ばした医師は、何度も謝ってくれたけどね。
感染してたらもう一度謝ってもらいますからね!
       ・
       ・
こんな私たちのお給料、いつからだったか、特殊勤務手当(危険手当)がつかなくなりました。

窓口に座っている事務の人と同じ扱いってことですよ(努)

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2008年6月30日 (月)

出張♪

本日、出張に行ってきました。
といっても、普通の会社でいうような出張ではありません。

看護界でいう「出張」とは、「出張扱いで、院外の研修・学会等に出席する」という意味です。

今回は電車を乗り継いで会場に行きました。

この、電車に乗っている間の時間と、お昼休憩の時間が楽しいんです。

それは、普段できない読書にふけることができるから。

私はあえて、同じ病院の人とは行動しません。

誰とも会話することなく、昼の休憩時間も、時間を惜しんで読書です。
         ・
         ・
今回読んでいたのは、「チーム・バチスタの栄光(下)」

話のクライマックスを、研修会場で迎え、電車の中で完結しました。
         ・
         ・
これは、面白かった。

医療人なら、さらっと読めちゃいます。

お勧めします。

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2008年6月24日 (火)

研修医③-2

なぜ、私たちと仲良くしたいのか?

それは、自分の技術を磨くためには、数こなさないとうまくなれません。

彼はまだ未熟。
指導医は、彼のまどろっこしい処置を見ていると、すぐに「代われ!」と言います。
最後までやらせてもらえません。
やりたいのにできない。
くやしいんだそうです。

「代われ!」と言われた時に、検査についている私たちに、
「もう少しやらせてあげたら?」と口を挟んでもらってでも、
最後までやり遂げてみたいそうです。

そんなことを言えるのは、長年この部署にお勤めの、大先輩看護師の○○さんしかいません。
その看護師さんと仲良くなることが一番の目的で、私たちはそれの影の協力者ってことです。

この先生と年の近い私でも、医者が看護師の休憩室に入ってくることに違和感を感じるんですから、20以上も年上の先輩看護師が違和感を感じないわけありません。

相当のストレスを感じているのがよ~く伝わってきます。
お昼に先生がやってくると明らかに機嫌が悪くなります。

彼の成長のために、一肌脱ごうと覚悟に決めた私たち。

まず、“来る時は、必ず何か差し入れを持ってくること!”と忠告。

これって、意外と効果あり。

頑張れ。

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2008年6月23日 (月)

研修医③-1

研修医の2年間が終わると、後期研修医となるそうで、自分のやりたい科を集中的にやっていくようです。

だいたいの研修医がこの2年が終わると、大学病院に戻ったり、他の病院に変わったりして、3年目もこの病院でという研修医はごく稀です。

今年は1人の先生が残ってくれました。

貴重な人材です。

消化器内科を勉強したいそうで、我が検査科の看護師と顔を合わせることが多いです。

消化器内科病棟で浮上する医師にしかできない雑務は、すべて彼の仕事のようになり、院内PHSですぐ呼び出しがかかり、なんだか気の毒なんですが、しょうがないんです。これも仕事なんです。

嫌な顔もせず、上手にやっていく先生です。
        ・
        ・
最近、先生の行動が、怪しい。

昼時になると、私たちの休憩場所(詰所の奥の部屋)にやってきて、私たちと一緒に昼食をとるようになってきました。

これって、私にとっては、とっても違和感のあることで、この長い看護師生活で、医師と一緒に昼食をとったことがなかったから。
おやつやコーヒーくらいなら、ご招待することはあってもねぇ・・・。

なぜ、医局で食事をしなくなったんでしょう?

たぶん、

“私たちと仲良くしたいから”

これしかありません。

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2008年6月22日 (日)

研修医②

毎年5~6人の研修医がやってきます。

研修医の中にはもちろん女の子もいます。

長い時間、顔を合わせるので、研修医のカップルもできます。もちろんその逆もあります。
       ・
       ・
さわやかな研修医カップル。

公私もちゃんとわきまえ、行動しています。

見ていて気持ちがいいです。応援してあげたくなるような2人です。
       ・
       ・
ある日、食事会がありました。
お酒も入り、みんないい具合いに楽しくなっていた時、2人の将来についての聞いてみました。

「結婚するつもりです」と答えた彼。

その言葉をきいた彼女は、驚いた様子。

同席していた同僚が、「お前のところに嫁に行くってことは、彼女の外科志望っていう夢を奪うってことなんだから、よく考えていてるんだろうな」と言いました。
       ・
       ・
この1ヶ月後、「結婚します」と公式に発表した2人。

ずいぶん急ぐね。研修医期間が終わってからでもいいんじゃないの?

とみんなが思いました。
       ・
       ・
彼女に赤ちゃんができたそうです。

食事会の時には、気づいていなかったそうで、彼女、お酒を飲んじゃってましたね。
        ・
        ・
研修期間を数か月残して、産休に入ってしまうそうで、復帰後、残りの研修時間を消化しないと、通常の医師と認めてもらえないようです。

赤ちゃんができたことは、とってもうれしい、でも、研修が残ってしまう・・・。ちょっと複雑でしょうね。

今は、つわりに苦しみながら、頑張って研修医生活を送っている彼女。

見かけたら声をかけるようにしてます。

つわりの大変さを身をもって体験した私には、彼女の辛さがよくわかります。

でも、

産んでからがもっと大変。

「子育て」と「医師業」

両立できるのか?

医師という資格を無にしないためにも、頑張ってほしいです。

応援してます。

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2008年6月21日 (土)

研修医①

毎年5~6人の研修医がやってきます。

研修医の中にはもちろん女の子もいます。

長い時間、顔を合わせるので、研修医のカップルもできます。もちろんその逆もあります。

2年目の研修医が1年目に指導するんですが・・・
      ・
      ・
1年目の女の子に、2年目の男の子が目をつけ、付き合うようになりました。

当直も必ず一緒に入るようになっていました。

医局でも、ベタベタと見苦しいことをするそうで、他の研修医たちは2人がやってくると、部屋から出るそうです。

上の指導医から、「公私をわきまえろ」と、お叱りをうけても、態度を変えなかったそうで・・・。
      ・
      ・
今年の4月から、彼はある大学病院に変わり、彼女は引き続きこの病院での研修。

遠距離で続いているのか?どうなのか?

そんなことは全然きになりません。

気になるのは、

彼には彼女と出会った時には、すでに奥さんのいる身であったのにもかかわらず、奥さんの目の届かないところで、平気な顔で浮気をしている・・・

奥さんはそのことに気付いていたんだろうか?

全然帰ってこないんだから、きっと気づいていたと思うけど、どうして我慢できるんだろう・・・。

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2008年4月11日 (金)

春だから・・・。

そういう季節なんでしょうか?

練炭、首つり、飛び降り、飛び込み、服毒、薬中・・・

うちの病院のホットラインに搬送依頼が入って、上記内容だと、がっくりきます。
      ・
      ・
      ・
私が大学病院で勤務していた頃、
自殺未遂で意識レベルの低下した状態で運ばれてきた患者さんを、救急スタッフ一丸となって初療にあたって、奇跡的に患者さんの意識が回復!

発した言葉が、
「何で助けたんだよ!!!」

がっくり。
      ・
      ・
             ・
運ばれてきた患者さん。
助かってほしいけど、
助けて、
こんな言葉を言われたら、
やる気なくします。
自分のやっていることの意味がわからなくなります。

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2008年4月10日 (木)

新しい風~。

新年度にあたり、勤務交代が大幅にあった私の病院。

私はちょうど1年前、外科病棟からここの部署(救急・中央検査科)に配属されました。

今の時点で、元外科組が私を含め4人。

新しい風を吹き込もうと動き始めてから、3か月が経ちました。

大きく立ちはだかる壁・・・。

これをどう崩していくか・・・。

この壁がお休みの日は、いい風が吹いています・・・。

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2008年2月22日 (金)

今年の天下の奇祭は・・・。

旧正月だった、先週の火曜日。

全国的にも注目されている “○○○祭り” がありました。

今年は祭り前に、この祭りが「ワイセツ行為」だという、わけのわからん事を言う輩たちがいたらしいが・・・。

Sinnenn_182

この中に、私の実父もいます。たぶん・・・。

赤のふんどしの方は還暦です。
      ・
      ・
      ・
男たちは、寒いのでお酒をいっぱい飲んで、
手に持っている“なおい笹”を○○神社に奉納に行きます。

その神社の近く(?)にあるうちの病院。

アル中や外傷の男たちがどんどん搬送されてきます。

今年は救外勤務!

いろんな患者さん(?)に出会いましたよ。

酔っ払いの傷の縫合は、麻酔なしで縫っていける場合があります。縫っている痛みなんか感じておらず、陽気・・・。

祭り見学者も搬送も多く、はるばる遠くから来ている人が多いので、初診の人がほとんど。診察の時間も必然と長くなり・・・。

祭りのクライマックス前までに酔い潰れ、吐物まみれの方・・・。

救急車侵入口につながる救急室の自動扉。ドンドン叩く人。
「トイレ!開けて!」
その場で放尿・・・。

野戦病院の如く、数時間に集中した忙しさでした。

命にかかわる大きな事故も起こらず、お祭りが終わったことに、スタッフみんな、ホッとしました。

私は今の配属場所にいる限り、祭りの日は「絶対仕事は休んではいけない」んだそうです。

あ゛~、残念。

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2008年2月 4日 (月)

毎日課題に追われています。

この前、院内発表が終わり、論文の提出も何とか間に合いました。

さあ今度は、先日行った、研修報告書の提出。

勤務時間内に何とかやってしまいたいので、当直中の患者の切れ間にちょこちょこやって、今日提出してきました。

今度は、我が部署の1年の振り返りの提出。期限は今週金曜日。

ぐったりです。

現状の事を覚えるのに必死だった私に、前年度から引き継いだ目標に対して、向上心や改善心をもってやって来れたと言えません。

そんなあたしが、ここの部署の1年のまとめをどうやれって言うんでしょう。

   ・
   ・

最近、イライラしいます。

毎週土日どちらかは仕事だし、運よく仕事じゃな日は、お客様が来たりと・・・。

子供たちに当たる日が多くなってきました。

振り返ると自己嫌悪です。

彼の帰りは相変わらず午前様で、週末、私が仕事の日に休んでもらっているので、なかなかゆっくり夫婦の話もできず、

いけないんですが、彼にもガツンと嫌味を言ってみたり。

    ・
    ・
看護業務以外にやることが多すぎ。今の私には。

一年前みたいに、子供に手をあげるようになったら、もう、この勤務体系ではやっていけないと割り切って、自分に合う勤務体系を見つけようと思っています・・・。

かなり、ネガティブな気分な私です。忙しい今だけだと思いますが。

   ・
   ・

ここに自分の思いを書くことで、ちょっと冷静になれた気がします。

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2008年1月10日 (木)

虫の息・・・。

公立病院も潰れる?

個人病院なら終わってる状況らしい。

こんな中で、モチベーション上がるわけがないです。

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2008年1月 5日 (土)

お正月満喫♪

年越しは病院(仕事)で過ごしたんですが、

救急患者の来ない時間に、大晦日の格闘技番組は何となくところどころは見れました。

自宅ならこの時間は子供の寝る時間。家にいたら絶対見れません。

元旦は、当直明けにもかかわらず、元気元気で、寒空の中、近くの氏神さまの神社へ初詣。

昼は近くのショッピングセンターへ買い物&ランチ。

夜は自分の実家でスキ焼。

2日の朝はお雑煮を食べ、夜は彼の実家にご挨拶&しゃぶしゃぶ。

3日は名古屋ドームへ!

・・・・・夢のような3日間でしたわぁ~!

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2008年1月 1日 (火)

あけまして

おめでとうございます♪

今年もよろしくお願いします。

年明けをまたもや病院で過ごしてしまった私。

救急受診患者さんは大晦日の20時ころからは激減し、23時45分も患者さんは来ていませんでした。

“ゆっくり休憩しながらカウントダウンかしら・・・”

と思いきや、

「足が動かない」っていう患者さんの救急車。

その対応で、いつの間にか2008年を迎えていました。

結局ね、その患者さんはテレビをコタツに入って見ていて、足がしびれていただけだったとさ・・・(初笑)

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2007年12月28日 (金)

忘年会。

今年は、勤務異動になってからの初めての忘年会。

豪華に「蟹」でした。

会費は12000円。

いつもの倍の値段でびっくりでしたが、うまかった!

Yukidaruma_086

帰りに彼と駅で待ち合わせ♪

彼も友人と忘年会で、私は会場に乗り込みました。

彼の方の会費は3600円。

ごめんね、あなたの3倍以上のもの食べてきちゃって・・・。

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2007年11月20日 (火)

やってられっか!

年末・年始、病院は休日体勢となります。

今の部署に来て初めての年越しです。

休日勤務は、
“すべて時間外勤務扱い + 特別手当” 
っいうのがもらえていました

ですので、この期間、働くと結構いいお金になります。
年始・年末、予定のない人(独身の人が多い)は、積極的に勤務に入ってくれます。

こういう人がいるからこそ、この期間働きたくない人も助かっていました。

ですが、今回から

“1勤務 一律7000円”

やってられっか!  です。

日勤 約9時間30分  7000円

当直 約15時間30分 7000円

時給にしてみてください。

やってられっか!!  です。

そこらへんの学生のバイトじゃないんだぞ!!!

私は12月31日の当直だそうです。

大晦日の夕方5時から、元旦の朝9時までのお仕事です。

7000円です。
   ・
   ・
   ・
なぜこんなことになってしまったんでしょう・・・。

減給の原因は・・・

とどのつまり、
日本の医療が崩壊してきてるんですよ。   

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2007年11月10日 (土)

ん?

仕事場ではお昼ご飯を食べた後歯磨きをします。

看護業務は接客業なんで歯磨きするのは当たり前です、よね。

腹ごしらえもしたし、昼からも頑張るぞ!と意気込んで、いつも歯ブラシを握ります。

シュカシュカ!

Ibu9 「ん?」

なんか違う・・・

!!!!!!!!

爽やかなハンドクリームの香りが口腔内から鼻に抜けてきます・・・・。

なぜ間違えた!?!?

自分のしたことがアホ過ぎて、周りのスタッフにも言えず、速攻、遠くのトイレの洗面所にダァーーーーーッシュ!

    こんなのSerihu7

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2007年9月30日 (日)

7:1って・・・。

今年からうちの病院は7:1を取り始めました。

患者さんに良い看護を提供するために。

ではなく、年間2億の利益のために・・・。
       ・
       ・
ちょうど7:1を取る時期に外来部門に配置転換になった私。

外来のスタッフを削りに削られ、私達は毎日駈けずり回って仕事をやっているのにもかかわらず、

病棟の管理職が会議の時間帯は病棟の人員が減るからと言い、助勤(ヘルプ)に行かされ。

でもね、手伝いに行ったところで、仕事なんて転がってない。
だって、今の人員で充分にやっていけてるんだもん。
しかも、数ヶ月前までは13:1でやってたんだから、余裕でしょう。

逆にこっちが手伝ってもらいたい。

病棟は7:1になった分、患者さんのところに行く時間が増えて、看護はどう変わったんだろうか。

聞いてみたいところです。
       ・
       ・
だからと言って、病棟に戻りたいかって言われても、即答できません。

天秤にかけるものがあるんで・・・。
       ・
       ・
ここの地域、この病院内でも、悪い噂が立っています。

この病院が潰れるっていう。

なぜ潰れる?

赤字だからです。

その累積赤字を減らすための7:1なんです。

なぜ患者が来なくなったのか。

それは・・・医師の数が少ないから?

そうじゃありません。

みんなが診てもらいたいってっていう医者がいないから。

医者の吹き溜まりです。
    ・
    ・
新しい市議会委員のみなさん、建物がいくら新しかろうと、看護師がどんなにいい看護をしようとも、医師の頭数がなきゃどうしようもないし、その医師の質が悪けりゃ、本当に崩壊しちゃいますよ。

って、語りかけてもしょうがないか・・・。

なぁ~んか、いい話、転がってないかなぁ・・・。

毎日、仕方なく仕事に出かけている、mayuでした。

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2007年7月21日 (土)

幹事。

8月からの配置転換で、今、私が所属している部署から1人病棟へ換わります。

そこで送別会の幹事に任命されたのが私。

ここのメンバーは全員で8人。

メンバーが約30人いた前の病棟の幹事に比べたら、全然苦労はないと思いました。

早速、送別される主役の人に、ご希望の日時、お店のご希望を伺いました。

「やってもらわなくてもいい」と言われましたが、

最後には「○日、お店はどこでもいい」と返事をもらいました。
       ・
       ・
適当に店をみつくろって、昼休憩の時、皆さんに話題を振ったら、

「駅の近くがいいんじゃない?みんなのみたいんだし」
「○○さんに飲んでもらわないといかんのだから、○○さんちの近くの方がいいよ!」
「おいしい焼肉がいい!」
「座敷、でも掘りごたつじゃないといかんよね!くつろげんもん」
「そこはどんな料理がでるの?」
「おいしいの?」
「チーズを使ったメニューはある?」
      ・
      ・
顔はニコッとして聞いてましたが、心の中では、

“いい加減にしとけよ!!!!!” Serihu6

ですよ。

送別される人が良いっていう店でいいじゃんか!

前の病棟では幹事の決めたことに文句言う人はいなかったぞ!

嫌なら出席するな!

なんて言えませんが、その代わり、

「私が良いと思って提案したところ全部、みなさんにお気に召さない様なんで、皆さんで決めてくださいよぉ~(ニコッ)2_11

って言い放ったら、

休憩室内、一瞬で シーーーーン 

黙った!
どうだっ!勝手に決めてみろ!
と、心の中でにんまり。

でも、ここの人たちは違った。

「じゃー ここは?」
「じゃー あそこは?」 
     ・
     ・
     ・
勝手にしろ状態です。

私が1人になった時、物分りの良い私のプリセプターがそっとやってきて、
「○○さんはね、結構グルメでね、チーズたっぷりのピザみたいな奴がメニューにあれば尚よくってね、イスや掘りごたつじゃないとつらいんだぁ。」

“○○さん”とは、あのおばちゃんのこと。太いです。
もちろん、送別されるのは別のスタッフです。

そしてプリセプターは、
「要はね、○○と○○と○○の3店を調べてこればいいよ。インターネット家で開ける?」
私、「子供が寝てからしかできないんで・・・」と。
プリ、「じゃあ、あたしが検索してみるよ。ネットやる時間あるからさぁ」
私、「いいんですか?お願いします」
      ・
      ・
私、密かに、“このプリセプターをうまく使っていこう!”と心に思いました。

いやいや、“仲良くなろう”と思いました。

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2007年7月 6日 (金)

むかっ!

我が病院は7・8・9月で夏休みを5日間取れます。
連休でなくてもバラでもいいんですが。
      ・
      ・
3ヶ月分のカレンダーが張り出され、夏休みを取りたい日に希望を書き込みます。

連休を取って海外に行く人。
帰省する人。
2連休を数回取る人。
9月から10月にまたがって長期休暇を狙う人。

とにかく、みんなの希望を書き込み、最終段階で重なっているところの人で話し合い、もしくはクジに突入していきます。
      ・
      ・
こんな感じの争奪戦が繰り広げられるのが、“普通のこと”だと思っていた私。
      ・
      ・
4月に、ここの職場に配置転換されてやってきた私。そして師長さん。

師長さんも病棟の乗りで、3か月分のカレンダーを張り出しました。
「夏休みの希望、みんな書いてね~」と。

誰も書かないんですよ。1週間経っても。

じゃあ、書くよ私。

5連休の希望書きました。

その2日後、
師長さんが再び、「夏休みの希望、みんな書いてよ!休み取らないの?」と言いながら、2連休と3連休の希望を師長さん自ら書き込みました。

その3日後、
私が出勤すると、メンバー全員がそろってました(師長さん以外)。

「mayuさん!あんたねぇー、あんなところに連休入れて!あんなところに書かれたら、みんな書きにくいだろぉ?!」とおばちゃん看護師。

他のメンバー達は黙ったまんま。
嫌~な空気が流れました。

そして、おばちゃん看護師は続けました。
「あくまでも希望なんだから、取れるとは限らないんだよぉ!!」と。

なっ、なっ、なんていう職場なんだ!!!!!
“早い者勝ちで書いた人が休める”なんて思ってないさ!当たり前だろ!

その場では、「はぁ・・・」と、ため息交じりの返事しかできなかった私。
他のスタッフは誰も何も口を挟んできません。ただただ聞いているだけで。
        ・
        ・
業務に入り、落ち着いたところで、
私の“物分りのいいプリセプター”が話しかけてきました。
「あの希望、書く前に師長さんに言った?ここら辺、連休取りたいですって。」
「言ってませんよ。病棟の乗りで希望入れました。ここの人たちって、連休取らないんですか?」
「取る時は、昼休憩の時とかに、ここら辺を休みたいですって話題に出して、いいんじゃないって返事があれば休むって感じなんだよ。」
「なんですか?!それ!!! 」
「でも、そんな感じなんだわ」
「最初に書いたら、後の人が書きづらいって・・・。そんなもんですか?」
「そんなことないけど・・・」
      ・
      ・
私は師長さんに言いましたよ。あまりにも衝撃的だったんで。
こんな風に言われましたと。
「いいんだって。私が勤務組むんだから。希望書けって言ってるのに、ここのスタッフ、全然書かんじゃんねぇ。勤務が組めるんだったら、どんだけ連休取ってもらってもいいんだって。」と師長さん。

う~ん、私の気持ちと一緒一緒。(嬉)
      ・
      ・
その日の昼食中に、夏休みの話題になり、師長さんがスタッフに、「とりあえずの希望を書いてよっ!ねぇ、○○さん(おばちゃん看護師)。mayuさんも書きづらいし、ねっ。」と。

おばちゃん看護師が言いました。
「★日~★日、○○ツアーに行きたいんだわぁ。どうしようかなぁって」

なにっ!私の入れた連休と3日間、重なってるんじゃん。

師長さん「とりあえず書いて。希望なんだからさぁ」
私「ここは、最高1日何人休んでも仕事が回っていくんですか?2人は休めるんですよね」
師長さん「2人は休める。いなきゃいないで、いる人数で助け合ってやればいいんだし~」
         ・
         ・
年齢層が幅広い、今の職場。
変な気の使い合いは辞めて欲しい!

後からの人が希望を入れにくいって、みんながじゃなくって、あなた(おばちゃん看護師)がなんでしょ!!!!

私の5連休の希望を見て注意(文句)を言う前に、自分の希望書けって!!!!(むかっ!!!)
         ・
         ・
女の職場って、めんどくさいし、あほくさい。

そして、こんなこと(5連休の希望を入れたこと)くらいで、わぁっと雰囲気が悪くなるこの職場。

意識改革してもらわないといけませんね・・・・。

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ボーナス。

今年も出ました。

ボーナス。

良かった良かった。

もらえるだけで、ありがたい。

でも、その120%は家のローンに消えました!もうすでに・・・(涙)

今月は彼のボーナス支給の月。

ちょっとでも出ればありがたいんですがね・・・。

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2007年6月23日 (土)

夜のお仕事。

当直の時のお話。

その時2時を回っていました。
その日は仮眠が取れる時間はなく、救急室に入り浸っていました。
はぁ・・・、いつまで働かなくちゃいかんの・・・、日勤からぶっ通しの19時間勤務確実だわぁ・・・
救急当番のDrたちもヘトヘト。

やって来たのは
22歳女性。
お酒を飲んで、2時間くらいしてから息苦しくなってきたと。

診察室に呼び込むと、ふらふらの彼女。
パッとみ、過換気っぽい。
お尻に近いウエストには天使の羽のタトゥーが見えます。

診察後、アタP 2A 筋注の指示。

さて、お迎えの手配。
これも看護師の仕事です。

どうやってきたの?・・・・「車」 (飲酒運転じゃん!)
親と住んでるの?・・・「うん」
この状態じゃ車で一人では帰れない。迎えの連絡できる?・・・「      」(無視ですかぁ)
だれか迎えにこれない?・・・「・・・・います」
彼女はカバンから携帯を出し、「○○ちゃん?・・・今、○○病院にいるの。迎えに来て。・・・」と。
彼氏でも呼んだのかな?
まぁ、とりあえず連絡ついてよかったぁ~

患者は彼女だけ。この彼女が岐路に着けば、私達も水分を口にできるぅ!

数十分して、救急室の扉が開きました。

「○○さんのお迎えの方です」と受付の事務員が連れてきたのは、
どこかのお店の売れないホストって感じの30前の男性。
黒のスーツに茶髪のロンゲ。眉はきれいに整ってます。

「○○ちゃん、大丈夫?」とお迎えの男性。
○○ちゃん? 
カルテの名前と違う!

でも、彼女は「大丈夫」と力なく眠そうに返事。
その男性に抱えられながら帰っていきました。

この男性のお店で働いていたんだね・・・。

そりゃー、親に迎えに来て欲しいなんて言えるわけないか・・・。

親が知ったら、泣いちゃうぞぉ!

母になり 初めてわかる 親心

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2007年6月 8日 (金)

最初に言ってくれれば・・・。

今回も救急外来のお話。
    ・
    ・
救急当番の朝、出勤すると、「今から救急車、入りまーす。交通外傷です。お願いしまーす。」と当直者の元気な声。(当直者はもう帰れるので声は元気、体はぐったりなんですよね~)

今日も朝一番から救急車。
だいたいこの時間。
出勤途中に事故る人が多いんですよね・・・。
      ・
      ・
28歳 男性
乗用車×原付
原付の運転者
顔面・右下腿に挫創、足に打撲痛あり。
意識は清明
      ・
      ・
診察の後、ストレッチャーにてレントゲン撮影に。
レントゲン室へ向かう途中の会話。

「お仕事に行かれる途中の事故でしか?」と私。
「はい。」と彼。
「大変でしたね・・・。どなたかに連絡はされましたか?家族や職場の方とかには?」
「はい。職場には連絡はしましたが、ここには来たくなかったです。○○病院がよかったです。」と彼。
「ここの病院に来たくなかったってことですかぁ・・・。そうでしたか・・・」

ここで、レントゲン撮影の順番がきました。

うちの病院の評判、悪いんだぁ・・・。
どうしてあっちの病院の方がいいのか、どうしてうちは嫌なのか、聞いてみたい気はしたけど、グッとこらえた私。
      ・
      ・
その後の検査・診察の結果、松葉杖で帰宅できることになりました。

私は松葉杖の準備。
あまり扱ったことがなかったので、他のスタッフに聞きながら準備していました。
身長引く40cmに合わせる、とかなんとか・・・。

すると彼が、
「いいです。自分でできます。一本でいいです。」
と言い、私が差し出した2本の松葉杖の一本を返して、手にした一本を手馴れた感じで、カチカチカチと長さ調節。すっと立ち上がりました。

「えっ。できるんですか?!」と周りのスタッフ。

「はい。理学療法士してるんで僕。○○病院で。」と笑顔。
       ・
       ・
そういうことですか・・・。
だから、「ここには来たくなった」っておっしゃったんですね。
私は患者さんがどんな人であろうと、いつもとかわらない看護を提供しているつもりです。患者さんが医療関係者だと、緊張もするけど、ホッともします。
       ・
       ・
私の斜め後ろの搬送してきた救急隊員。

「最初に言ってくだされば、配慮したのに・・・」

と苦笑でした。

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2007年6月 6日 (水)

個人情報。

5月初旬、救外の当番の日、
仕事の空いた時間に、救急隊が残していく患者情報の記録をペラペラっとめくってみました。
その中に、聞いたことのあるような、ないような、搬送患者さんの名前。

77歳、78歳の夫婦。
ポストに新聞が山盛りになっているのを不審に思った近所の人が警察に連絡。
玄関を破って家の中に入ってみると、夫婦が衰弱して横たわっていた。
1週間くらい前から食事を取っていなかったらしい。

5月の中旬。
内視鏡(胃カメラ)検査の介助についていました。
何となく見たことのあるような顔の患者さん。
名前もどっかで聞いたことがあるような、ないような。

“この名前は、救急隊記録のあの夫婦衰弱の患者さんだよなぁ・・・”
“記録で読んだだけなのに、なんか知ってるような気がするんだけどなぁ・・・”
“・・・・・・・
   ・・・・・・
      ・・・・・・・?”

“・・・・・・・!”

“!!!!!!!”

“親戚のおじさんだぁ!!!!”

と、私の心の中の独り言。

私の結婚式にも呼んだおじさんだよ!多分、たぶん。
同姓同名ってこともあるけど、多分そう。

患者さんについて来た病棟看護師に、
「この患者さん、私のおじさんかも。遠い親戚かも・・・。」
と、ボソッと言ってみたら、
「うそ!ほんとに!?この情報、病棟に流してもいい?だってね、この人のキーパーソンが姪しかいなくて、困ってるんだもん!明日オペなんだけど(衰弱で運ばれて胆石を発見されてしまったらしい・・・)、同意書もその姪にとってるんだよ。姪の両親は他界してて、しかもその姪ってのも養子らしくて、血縁者が見つからなくって困ってるんだって!!!すごい不穏だし!!!!!!」
と、興奮気味。
病棟看護師さんが話した内容に、かなり「ゲッ!」。
言わなきゃ良かったと後悔しました。
「・・・私の勘違いかも知れないし、(私の両親に)それとなく聞いてみます」と私。

いらぬことに首を突っ込むと、大変なことになりかねません。
私の実家に迷惑が及ぶのは避けたいと思うのが、家族の心情。
       ・
       ・
家に帰り、結婚式の名簿を探し出し、ないことを祈って確認。
記憶してきた名前住所・・・・・
ピッタンコ(涙)
でも、私とどのような関係なのかまではわからず。ただただ両親に言われるがままに結婚式にはご招待したってくらいで。
       ・
       ・
さて、どうするか。
私の両親に言っていいものか。
言わなくていいものか。
はてさて、言ってはいけないのか。

業務上、知り得た事は、他者に漏らすべからず

ナイチンゲール白書にもうたってあったよなぁ。
個人情報保護法もあるしなぁ。

黙っておこうと決めた私です。

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2007年6月 5日 (火)

まだ咳が・・・。

久しぶりにPCの前に座りました~。

薬で叩いて、咳は止まり、痰も出なくなり、いい感じ~なんて思っていたら、

内服薬が切れて2日目、またコンコン・・・コンコン・・・コンコン・・・コンコン・・・オエ゛wwwwって具合。

それで、もうひとクールの内服薬もらって、今は薬漬けになってます。

が!咳は出ます。

特に夜。
咳の支配は副交感神経。だから、体がリラックスすると咳がでるんだろうか。

布団に横になると咳が止まりません・・・。

なので、寝れません・・・。

朝もぐったりです・・・。

私の主治医は、何かのアレルギーを疑って、採血をオーダーしました。
何かのアレルギー反応が出ればいいんですが、出なかったら主治医はどう動くのか・・・。
結果は今週金曜日に出ます。ちょっと楽しみ。

でもね、私は、この咳の原因は、
内視鏡検査で使った機械を漬ける「消毒薬」のせいだと思ってます。

ステリハイドっていう商品名の消毒薬なんですが、揮発性があって、吸い続けると肺癌になる・・・って前の病院で聞いていました。
常にフタのある容器に入っているとはいえ、機械を出し入れする時にフタを開けるんですから、頻回に。
過去には、ここの配属になり、喘息になってしまって、配置転換してもらった方がいるそうな・・・。労災か?

今はとりあえず、
仕事中の咳き込みを何とかなくしたいのと、
夜ぐっすり寝たい~~~。

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2007年5月23日 (水)

咳が止まらない。

GWが明けてから、変な咳が出ています、私。

きったない痰も出ます。

熱は無いようです。

咳が出だして2週間目。

職場の皆さんが
「マイコ(プラズマ)とかTB(結核)じゃないの?」とザワザワ。

こりゃー受診して何らかの答えを持ってこないといやらしいなぁ・・・って雰囲気。

普段は仕事時間以外はず~っと子供がもれなく付いているので、自分だけ医者に行くなんて不可能でした。
が!これはいかんとおもって、ばーちゃんに預けて行ってきました。
    ・
    ・
Dr  「2週間前からおかしいって言う人、すごく多いんだよ」

私  「そうですかぁ。」

Dr  「何が原因か今は分からないので、とりあえず・・・」

抗生剤・抗アレルギー剤・鎮咳・去痰剤・喘息の薬・・・満遍なく処方してくれました。

最後に、
Dr  「2週間前といえば飛んでたでしょう。  黄砂のせいかもね・・・」

私  「そうかも・・・ね」
    ・
    ・
飲み薬で、今はずいぶん咳が出なくなっています。

職場のみんなも「ほっ」とした表情。

飲み薬が切れた時、どうなることやら・・・

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2007年5月15日 (火)

忙しいさなかでの再会。

今日は救急外来のリーダー。
もう一人立ちです。
いいんかい?!って感じです。

やっぱり、忙しい。
今日もCPAから始まり、嫌な予感でした。

その予感は的中。
私の持たされているPHSには、救急隊からの搬送要請の外線が、次から次へと入ってきます。
トイレに入って、用を足そうとした時にも、PHSの軽快な着信音が・・・。
こんなときにも、この電話には出なくてはいかんのかぁ!
トイレの中でメモった私!
電話の向こうの修羅場(?)に比べたら、トイレの中で用件を聞くのくらいどうってことないよね・・・・って思わないと、こんな電話、携帯してられない!(爆)

勤務の最後の患者さんは、病院職員の急変。
仕事中に気分が悪くなり、痙攣発作!
救急室には管理職クラスの人間が集まって、騒然となり・・・。

疲れた・・・。
      ・
      ・
でも、そんな怒涛の1日の中で、ちょっと緊張の取れた一瞬がありました。

患者さんを救急車で運んでくる救急隊。
救急隊と医療スタッフで協力して、救急車のストレッチャーから、病院のストレッチャーに患者さんを移動させます。

「 1 2 3 」

私の隣にいた救急隊の一人が小さな声で、
「○○○○さんだよねぇ」と。

私を旧姓で呼んだ!!!!!
こんな緊迫した状況の中で、「誰?アンタ?」 とは聞けないので、

患者のことをやりつつ、顔を確認(マスクしてるから顔半分じゃ分からん)。
思い出せん・・・。誰?

「お名前、何でしたっけ?思い出せない・・・です。」と、素直に聞いてしまいました(笑)

「○○」

「あ゛ーーーーーー!!!」  地元の同級生でした!
まぁ~随分男らしくなって・・・。

私が「元気そうじゃん!」と、その同級生に言ったら、
運ばれてきた患者さんが「は~い、元気です」と答えてくれました(笑笑笑)。

その患者さんは紹介で転院してきた方。慢性疾患で比較的元気な患者さんだったんで、こんな笑える会話になってしまったんですが、もし、急性期の患者さんだったなら、私の言葉は不謹慎極まりないですよね・・・。

その同級生とは、これ以上の会話はなく、それぞれの職務に没頭。

今後も、救急の現場じゃ、昔話や近況話に花を咲かせることは無理だろうなぁ・・・。

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2007年5月14日 (月)

せつない・・・。

初めての当直の最初の患者さん。

36歳女性。
2年前に乳癌のOP。肝臓にメタ。
自宅、家人の目の前で突然の痙攣発作。
救急車内でVF波形。
到着後、ドカンドカン・・・数回やっても戻らず・・・。
夫に「最後のお別れを」とI.C。
夫が家族を呼びに待合室に。
母親が取り乱して対面。
「この親不孝ものが!!!帰ってこんかぁ!帰ってこんかぁ!親より先に行くなんて!帰ってこんかぁ!!!」
夫の両手それぞれには、4~5歳・7~8歳の娘。
「ママ!ママ!頑張って!  ママ!!!頑張って!」と泣きながら、ベットに横のなっているお母さんの頭を撫でています。
        ・
        ・
      心停止
        ・
        ・
「ごめんなぁ、ごめんなぁ・・・」  夫

「堪忍なぁ、許してなぁ・・・」  母親

「ママ・・・ママ・・・ママ・・・  ありがとぅ・・・」  娘
         ・
         ・
     今日は “母の日”

神様、今日連れて行かなくても・・・
         ・
         ・

子供たちの泣き叫ぶ声。
心臓をわしづかみされるような感覚。

こんな小さな子供たちを置いていかなくてはいけなかった、このお母さん。
その気持ちを思うと切なすぎます。

私、仕事しながら涙ながしてました。

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2007年5月13日 (日)

当直。

今日は初めての当直でした。

病棟の三交替とは違い、勤務の拘束時間が長い長い。

今日は日曜日の当直なので、夕方から翌朝までの約16時間。

救外の状況によっては「飯無し睡眠無し」もありえます・・・。
       ・
       ・
引継ぎの時間に救急室に行くと、Drから「CPA(心肺停止)が来るんでよろしく」と軽く言われました。

「何分(で到着)ですか?」と私。
「3分」とDr。

救急室のすべてのベットに患者さんがおり、診察用のストレッチャーにも患者さんがいます。ごった返している状態で、CPAですか・・・。当直初日のド初発。
日直者との引継ぎもできず救急車受け入れ・・・。

日直をしていた先輩が、「あんたが連れてきたんだね」とポツリ。

“新人のいる勤務帯は忙しくなる”  

そんなジンクスがあるそうな・・・。

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2007年4月22日 (日)

初めてかも・・・。

先日のショッキングな出来事を振り返る余裕もなく、あわただしい日々が流れています。

この、思い出す余裕がないのが、逆にいいのかもしれません・・・。

でもその事件の当日は、夜、布団の中で子供が寝付くのを待っている間、患者さんの顔を思い出している私。いかんいかん・・・と心を無にしようと努力をしましたが・・・。
       ・
       ・
新しい環境になってから3週間目に入りました。

子供たちは鼻を垂らしながらも、熱は出すことなく、ここまで来ています。

私は・・・

金曜日の朝方から、寒気に襲われ、体の節々が痛く、咳が出て、喉も痛くて、出る痰がものすごく汚くて、

その日ももちろん仕事だったんで、熱は測りたくなかったんですが、
「これは立っていられん・・・、無理だわ、」と感じ、測ってしまった私。

39℃近い・・・。

あ~、ダメだ。

この数字をみて、解熱鎮痛剤で叩いて頑張る元気、なくなりました。

彼に相談。

私 「私、仕事休んで良いんだろうか?」

彼 「いいんじゃない。無理しないほうがいいよ。」
       ・
       ・
初めてかもしれません。

体調不良で「休みたい」って言って休むの。
(つわりの時は2週間休みましたが)

どんなに熱があろうと、とりあえずは出勤し、
「帰っていいよ」と上司に言われるまで、無理して働いてきました。

“体調管理も仕事のうち”と教えられてきた私達世代は、仕事を自分の体調管理不足で休むことに、めちゃくちゃ抵抗があります。

でも、今は違うらしい・・・。

“体調が悪い時は仕方がない。しっかり休んで、次に備える” みたいな感じです。

そして、“自分の子供がSOSを出している時にはそばにいてあげなさい”って感じだそうです。

昔の人(今の師長さん達)は、子供を自分の病棟に連れてきて、勤務が終わるまで談話室に置いておいたり、病気の子供を家に1人で置いて出勤したり、大人用の眠剤を割って飲ませて寝かしつけたり(これはちょっとやり過ぎだろう!とびっくり仰天しましたが)・・・。
その頃の経験からの配慮なのか、時代の流れがそうなのか・・・、子育てしながらの看護師勤務に優しい病院になりつつあるんでしょうかね~。

まぁ、退職されたら、7:1体勢が取れなくなり、収入減。ゆくゆくは病院崩壊なるのは明らか。
だから、1人も離職させない努力をしてるんだろうなってのは、ひしひしと感じます(笑)
          ・
          ・
かかりつけの内科医には「あなたの家系はオーバーワークになると腎臓系にくるんですよね」って言われ、インフルやマイコプラズマも陰性でホッ。

仕事休んで、丸一日、子守りもせず休めたせいか、日曜日には復活。

夜勤がない分、外科の時よりも体調いいなぁ~なんて思っていたのに。

私、結構疲れてたんだ・・・。

子供たちよりストレス感じてて、抵抗力が落ちてたんですね・・・(^_^;)

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2007年4月17日 (火)

本当の気持ち。

今回のお話は長くなります。
スルーしていただいても結構です。
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     ・
     ・
     ・
それぞれの患者さんに主治医がいるように、最近では担当看護師がつきます。
     ・
     ・
     ・
今日は救外(救急外来)の担当でした。

さあ、仕事始めようかって時に、
救外の扉が勢い良く開きました。
そして、外来の看護師が2人、
「転落!転落!」と殺気立った声で言いながら、「○○貸してください!」と飛び込んできました。
外来診察前のこの時間。どこで、どう転落?待合室のイスから転落?何?
物を借りにきた看護師の目はウルウル。
ただ事ではないのは感じ取れました。
     ・
     ・
そのもの物を出し、その看護師の後を追いながら得た情報で、
どうやら、“飛び降り”
病院の建物の上から、入院患者さんのよう。
     ・
     ・
さっきの看護師達が借りにきた物は患者さんを覆うためのようなものでした。
ということは、もう亡くなっている・・・?

“飛び降り”なんぞあってはいけないことです。病院としても一大事です。

救外看護師としてどう動くか!?
一緒勤務だった先輩看護師も「救外として何ができる?!」と走りだしました。

上司からの指示で、病棟看護師が対応するとのことで、私達は通常業務に入りました。
     ・
     ・
外科の先生が救外の電話を借りにきました。警察に電話しています。
2週間前まで私は外科病棟で勤務していました。
嫌な予感がしました。
     ・
     ・
○○さん!
ほんとですか?!○○さんが?!
うそでしょ!?

私が外科病棟勤務で最後に担当看護師としてお付き合いさせていただいていた患者さんが・・・
     ・
     ・
癌の患者さん。手術前から、手術の当日、翌日も看させて頂いていました。術後も傷はぐんぐんよくなり、経口摂取も始まり、早く退院できることを願っているころで、私が勤務場所の交替になりなした。
性格は結構楽観的で、手術直前も「緊張なんか全然(してない)。かわりないよ。」と言っておられ、術後の離床も積極的にされていました。
若い頃に旦那さんとは死別。子供はいません。遠方に実兄がいるんですが、現在はここの土地に1人で暮らしている方でした。
術後の“予後は1年”と実兄には医師からお話されていました。予後について本人に話すかどうかは家族に任せると医師。実兄は「本人の性格上、全部話したほうがいいと思っている」と医師に伝え、遠方に帰っていかれましたが、実兄が帰る前に本人に予後を含めて告知したかどうかの把握は、私はできていませんでした。
ですので、私は時々本人に鎌をかけるような質問をしていました。
いつも答えは「大丈夫。」「変わりないよ。」「痛くないよ。」「寂しくないよ。」
こんな言葉しか聞く事ができませんでした。
でも、術前のように笑顔は見られず、視線もうつむき加減・・・。
同室の患者さんがどんどん退院していかれた日、私とほとんど視線が合わなくて、
「本当に大丈夫ですか?最近元気がなさそうなんで、私、心配。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくださいよ~。」と握手しながら声をかけました。
そしたら、やっと視線をあげてくれ、「大丈夫よ。今日は良く寝れそう、(同室の)みんな帰っちゃったから、静かだし。でも、部屋の扉は開けておいて。恐いから。」と言われました。
このとき、視線を合わせて答えてくれたので、ちょっと安心もしましたが、何か不安があるんだろうな・・・ってのは感じました。
       ・
       ・
そんなこんなで、私は勤務交代で救急・検査科へ。
担当看護師も同僚に交替になりました。
       ・
       ・
先週、骨シンチでこの患者さんに会いました。
「私のこと覚えてる?」ときいてみると、
チラッと見て「憶えてるよ」と一言。
無表情。笑顔なし。
気分が悪いようで、放射線物質の注射の前に嘔吐されました。
「大丈夫。大丈夫。やれる。」と。
このとき抗癌剤治療が始まっていたようで、患者さん自身、うつ気味との情報が申し送られていました。
      ・
      ・
そして今日・・・。

患者さんの担当看護師を私と交替した同僚が、今日の深夜勤だったそうで、
朝7時ごろからこの患者さんの姿が見えず探していたそうです。

こんなことになってしまって、同僚の彼女のことが心配です。
      ・
      ・
現在の私の部署の師長さんに、
「私、外科であの患者さんの担当看護師についていたんです。」と言いました。
「そうなの!ショックだよね・・・。あなたが変わってきてから・・・・。もしあなたが残っていて、精神的看護をやってたらどうだったか分かんないよねぇ・・・」と師長さん。

この言葉、私はめちゃくちゃでっかい釘を胸に打ち込まれたように、痛く、苦しかった。

私がこの患者さんの“本当の気持ち”を引き出せていたら、こんなことにならなかったんじゃないのかと感じています。
多分、私の後を受け持ってくれていた同僚も同じ思いだと思います。

でも、“本当の気持ち”ってなんなんだろう。

どうすればよかったんだろう。
        ・
        ・
患者さんの最後の処置は救急外来の一角で行われました。患者さんに会いたい気持ちと、会いたくない気持ちが入り混じり、胸がバクバク。

救急車で搬送されてくる患者さんがどんどん来ます。
業務に集中できません。
       ・
       ・
結局、患者さんには会わず・・・。

「会わないでよかったんだよ。気にしちゃいかん。考えすぎちゃいかんよ。」と安全管理師長に言われ、自分の気持ちがちょっとだけ楽になっていくのが分かりました。
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       ・
でも、私の看護観、しばらく白紙状態・・・。

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2007年4月10日 (火)

緊張の注射。

CTやレントゲン・MRIでは、造影剤を使って撮影する場合があります。

造影剤は注射や点滴で患者さんの体の中に入れます。

ですので、造影剤の注射も看護師の仕事です。
       ・
       ・
午前中は造影剤注射の担当。

注射が必要な患者さんが検査室に来ると、持っているピッチで呼ばれます。

注射は今まで病棟でやってたんで、手技はまあいいんですが・・・、ど緊張しました。

それは“シンチ”の注射。

これは、放射性物質を注射して、その放射能が出ている物質が体のどこの部分に集まるか見る検査。

なので、失敗できない。

放射能が出ているということは、微量ながら私は被爆しているわけだし、血管から掘らすと、画像をみれば分かってしまうので、失敗すると分かってしまう・・・。

めっちゃ緊張しました。

何とかうまく行きましたが、いろんな意味であんまりやりたくない仕事です~。
        ・
        ・
午後はCF(大腸カメラ)

検査機器の準備と患者さんの誘導、記録。
いわゆる間接介助を実践しました。

なにせ、今日が実質2回目。

自分に自信がないので、患者さんへの声掛けもとってもためらってしまいました。

こんなんじゃいかんのだけどね~。

自分が新人に指導する時には、
「自信がなくても、患者さんの前では自信があるように接すること。そうしないと、患者さんがめっちゃくちゃ不安になるから。」
と大きなことを言ってたのにね・・・・。
        ・
        ・
“4・5・6の3ヶ月で、だいたいのことは1人で出来るようにならないといけない!”
と、言われています。

そうしないと、=この部署の人は夏休みが取れないってことに。

これまた、焦る。

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2007年4月 9日 (月)

腰に来た。

先週は流れを見る程度の仕事しか出来なかった私。
今週からはどんどん実践です。

手取り足取りってわけにはいかない現状。
これはどこの部署も同じですね。
      ・
      ・
今日は内視鏡室。

胃カメラをするところです。

まずは使い終わった後のファイバー(胃カメラ)の洗浄をとにかく憶える!

最初に使い終わったファイバーでレクチャーを受け、その後は即実践。

午前9件のGIF(胃カメラ)。そのファイバー、9本を洗い続けた私・・・。

患者さんの周りで動き回るスタッフが、検査の介助をしながらも、私の洗浄操作の動きに注目していて、合い間合い間に指導が入ります。

ひたすら不潔になったファイバーを洗い続ける・・・・・・・・。

こういうことも看護師の仕事って言うのは分かるけど、

分かるけどね・・・。

いままで病棟でやってきたこととのギャップに、複雑な気持ちになってしまいました(^_^;)

地味に腰に来るこの体勢。

中腰、前かがみ・・・。つらいわぁ・・・。

ポッケに入ったこのステート。今日は出番なし。寂しすぎる・・・。
       ・
       ・
午後からはCF(大腸カメラ)。

これは見学。

ということは、明日は準備や記録は実践するってことですね~。
        ・
        ・
この部署では新人なんですが、でも看護師の経験はそれなりにあったりなんかして、なんだか、焦るんですよね~。
早く仕事おぼえなきゃって。
でも、全然違う分野なんで、そう簡単には行かないのが現実かしら。
20代の頃と違って、物覚えが悪くなってるような気がするし(笑)
一回言われたことを2度と注意されないように気合いを入れていこうと思っています。
    

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2007年4月 6日 (金)

救急室。

今日は救急室の担当。

朝、一発目から JCS300(痛み刺激にも反応しない状態)。

救急車到着。
     ・
     ・
呼名反応なく、痛み刺激にも反応なし。
いびき様呼吸。
口の周りには吐物のあと。
尿失禁あり。
瞳孔5.0>5.5 対光なし。
血圧220/130。

朝起きてこないのを不審に思った家族が見に行ったところで、意識がない患者を発見。
80歳女性。
    ・
    ・
急いでルート確保。
採血・CT・XーP
         ・
    ・
急げ!急げ!
呼吸が止まっちゃうよ~。
    ・
    ・
やっぱり、左側の広範囲の脳出血。
脳外科医が1人しかいない我が病院。
転院させる方針。
さっき帰って行った救急車を呼び戻し、隣町の病院へ急いで急いで急いで搬送となりました。
    ・
    ・
オペ適じゃないのなら、うちの内科でも診れるんじゃないのかしら・・・と思ってしまいました。

そうね・・、その日の救急当番のDrの力量にもよりますね・・・。

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2007年4月 3日 (火)

2日目。

今日は2日目。

救外担当のスタッフについてのお仕事でした。

16時ごろCPA(心肺停止)の患者さんが救急搬送されてくるとホットラインが鳴りました。

何だかワクワク=やるぞぉ!って感じ。

これなら、私の看護師の原点と思っている、あの時代の経験があるので、ちょっとした自信みたいなものがありました。

これなら、いちフタッフとして動けるって思いました。
(昨日はほとんど未経験のことで見学するばかりでしたので、余計に燃えたのかも・・・。)
       ・
       ・
救急室と外の自動扉が開け放たれ、救急車から心臓マッサージを受けながら患者さんが入ってきました。

救急隊員と心マを代わり、患者さんの胸を数回押したところで、

「mayuさん、研修医にやらせてあげてください!」と研修医指導担当のDr。

上手にやってあげてね・・・と心の中で思いつつ、先日医師になったばかりのDrに交替。

興味本位でやらないでよ。
患者さんなんだよ。
人間なんだよ。
自分の家族と思ってさわりなよ

スピード勝負の処置・治療ですから、みんなの息が合わないとうまく進みません。

薬を注射器に準備したりとかは、当然私にもできますが、なにせ、今日見たばかりの救急カート。

引き出しのどのへんにあるのかパッとは分かりません・・・。

数秒の時間ロス。

途中から記録を担当してました。

記録を書く行為は、とってもよく処置・治療の進み具合がわかるんですよね~。
         ・
         ・
そうこうやっているうちに、日勤終了時間。

今日の当直の看護師さんが交替しにきてくれて、今日も定時に帰宅。

本当にこんな部署があったんだ・・・。

外科でやってた頃がうそみたいです。

たぶん、申し遅りがほとんどないからですね。
       ・
       ・
おかげで、今日も優しいママでいられました。

     Sakuranbou

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2007年4月 2日 (月)

初日から・・・。

救外・検査科の初日でした~。

新しい所では新人です。一応ね(笑)

本日はフッタフの方1人にの後をピッタリくっつき、流れの把握です。

検査科の仕事について回ったんですが・・・

これがですね、初日からある検査中に事故。

あんまり書きたくないんですが・・・医療事故発生。

その現場に立ち会ってしまった私・・。

現場にやってきた主治医は、数日前まで一緒に働いていた外科のDr。

「初日からこんなことが起こって、嫌な予感だね(苦笑)」と一言おっしゃいました・・・。

そうね・・・。
      ・
      ・
話の方向は変わりますが、

時間内にスタッフ全員帰れました~!

こういう部署ってほんとにあるんだぁ。

今日は、精神的には疲れましたが、肉体的には元気元気。

帰ってからも、子供たちにも優しくなれる自分。

寝かしつけまでにまだこんなに時間がある~~~。うそみたいです。

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2007年3月31日 (土)

実感なし。

昨日で病棟勤務が終わりました。

緊急入院や緊急オペもなく、時間外勤務にもならず終了できました。

準夜で勤務していた先輩が、4月の勤務表を見ながら・・・

「残されるほうも地獄だよ・・」とポツリ。

確かに、他病棟から替わってくる人が3人。

オリエンテーションしながらの勤務。

夜勤でペアがついてしまった人は、本当に気の毒です。

看護師もギリギリに人数で夜勤を回しているので仕方がないんですがね・・。
       ・
       ・
何だか実感が湧きません。

明後日から違うところに出勤するなんて。

涙は出ませんが、ちょっと名残り惜しい感じです。
       ・
       ・
帰り際に、

「せっかく時間をもらったんだから、子供に優しくしてあげるんだよ」 と先輩。

この言葉、グッと来るものがありました。
       ・
       ・
イライラしない、当たらない、叩かない・・・

楽しくやりがいを持って仕事をするママの姿を子供たちに見せたいと思います。

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2007年3月30日 (金)

病棟最後の勤務・・・。

今日が病棟勤務の最後です。

最後の今日は「遅出」。

日勤・準夜の勤務者のサポート。患者の受け持ちはしません。

要は何でもやる、雑用係です(笑)

勤務時間は12時~21時。

患者さんを寝かしつけたところで終了予定です。あくまでも予定。

外科勤務最後くらい時間外勤務にならないことを祈って今から行ってきます!

                          Kagonami_9 mayu

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2007年3月23日 (金)

送別会。

今日は送迎会でした。

私の。
(他数名も含むんですがね・・)
    ・
    ・
現在は外科病棟ですが、4月からは救急外来・検査科に行くことになりました。

今の所は、時間外勤務が多くて、多くて、家に帰っても時間に追われ、子供たちに当り散らし、本当にかわいそうなことをしてしまう日々が続いていました。
この時間外勤務がなくなって、今よりもう少し子供たちとゆっくり過ごす時間ができたら、このイライラもなくなるんじゃないのかなぁ・・・、もう辞めたいな・・・。~~何て言う、私の独り言に耳を傾けてくださった上の方たちの配慮の結果です。

毎日日勤、時間外勤務はほとんどなし。でも、当直が月数回あり、時間外呼び出しがあったりするんだとか・・・。

3交替勤務しかやったことのない私。
どうなることやら・・・。不安と期待でいっぱいです。
         ・
         ・
思い返してみてびっくり。

看護師になって丸12年経ってました。

その4分の3はこの病棟で過ごしてきた私。

仕事に対する価値観も、少しずつ変わってきてました。

外科の仕事は好き。

子供はとっても大事。

自分の心も大事。

         ・
         ・
「嫌だぁ~!行かないでよ~」って言ってくれるスタッフがいました。

「残された私達、どうしたらいいの?嫌だよ」と。

仕事の内容のことではなく、人間関係の事。
いろいろあるのはよくよくよ~く分かります。

これからは助けてあげられないね、ごめんね・・・。

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2007年3月20日 (火)

研修医。

うちの病院の研修医の月給は、

なっ、なんと!!!!!

60万!!!!!!!!!!!!!(怒怒怒怒怒怒)

なぜ(怒)なのか、同業者にしかわかんないと思います。

私が前勤務していた大学病院の研修医の給料は月7万円。
そして、そこから税金が引かれ、6万5千円くらいでした。
40歳くらいの医師でも、40万くらいのお給料でした。

別にいいんですよ。月60万もらってたって。
やることやってくれればね。

それをやらないから怒れてくるんです!

研修医でも「先生」は「先生」。

もちろん、私達にはできないこととをやれる人なんですから、同じ目標に向かっている仲間としても尊敬してます。

でもね・・・。
    ・
    ・
この研修医時代にどれだけ叩かれ揉まれるかによって、将来の医師の姿が変わってくるんだそうだ・・・。先輩看護師いわく。

要は、態度が大きくなって、威張り散らして、そして我慢のきかないお医者さんになっちゃうそうな・・・。
    ・
    ・
ある研修医くん。

ICGっていう肝機能を見る検査をやった後、針のついた注射器をナースステーションのカウンターの上に置きっ放しのやりっ放し。そして、カウンターは使った色素の緑の液体がべっちょり。
「自分で最後まで片付けといてくださいね」と(やさしく)注意されたにもかかわらず、そのまま忘れて病棟を去っていったんだとか・・・。
もちろん、看護師が片付けましたよ、危ないし、汚い!

この研修医くん、これが初めてじゃないらしい。いろんな事でやりっ放しが多い。

先輩看護師がついにこの研修医に一喝!

看 「片付けるように言われてたんだよね~。」
研 「あっはい。すいませんでした。」
看 「こちらがお願いしたことができないなら、あたしたちも、あなたからお願いされた事やらないから!こんなことなら、ここの看護婦さん誰もあなたのこと助けてくれないよ!」
研 「すいませんでした。」
      ・
      ・
翌日私は、この研修医の先生に頼み事をしました。

他の先生のオーダーした動脈採血(看護師は静脈採血はできるんですが、動脈は医師しかやってはいけません)をやってもらいたくて、トレーに準備注射器やらアルコール綿やらを準備して、「すみませんが、(血液)ガス採ってもらえませんか?」と声かけました。

そしたら、
「あっ、すみません。○○先生から頼まれてたんで、ここに採ろうと思って準備したました。すみません、準備してくださってありがとうございます!」
といい、自分で用意していたトレーを出してくれました。
そして、患者さんから採血してきて、
「ありがとうございました。すみませんでした!」
と言い、腰を90度に曲げ、一礼したんです!!!(驚)
こちらこそありがとう・・なのに。

私  「ちょっ、ちょっとォ~。なんで今日はそんなに丁寧なの?どうしちゃったんですか?」
研  「はい。できるだけ敵を作らないようにと思って、心を入れ替えました!」
私  「????・・・・・・プっ、あはっはっはっ(笑)」
   昨日、恐い先輩看護師に一喝さられたからだなぁ・・・。かわいいじゃん。

でも、“敵”って・・・
     ・
     ・
でもね、どんなにつくろっても、看護師の目は厳しいのよ。

だって、私達の倍近いお給料もらってるんですもの。

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2007年3月10日 (土)

ロッカーで携帯鳴る。

今日は土曜日。

土曜日の保育園は18時までなので、
日勤だった私は、いつになく猛ダッシュで仕事を片付け、お迎えに走ろう!と病棟を飛び出しました。只今の時刻、17時30分。

白衣から私服に着替え、ロッカーから出ようとした時、
カバンの中の携帯が鳴りました。

実母からの着信。
母  「今どこ?」
私  「ロッカー。何?」
母  「おばあさんが救急車でそっち行ったからよ。口がしびれて、立てんくなった。」
私  「う゛・・・、保育園迎えに行んといかんし・・・。どうしよう。」

会話中、外からピーポーピーポー・・・。

もう着いたかぁ。さすが早いね・・・。
私が救急室に顔出したからって、どうってことはないんだけど・・・、電話してきたってことは見に行って欲しいってことなんだろうし・・・
お迎えは行かなくちゃいかんけど、状況みてから“お迎え遅れます”の連絡しようかぁ。
優先順位は救外(救急外来)だなぁ・・・
と私。

私  「看てくるわぁ。」
母  「たのむわ。」

救外の待合室には実父。
状況を簡単に聞き、私は処置室の扉を開けました。

ストレッチャー上で診察を受けている90歳近いうちの祖母。
取り巻いている研修医、当直看護師2名、救急隊、当直看護師長。
「あっ、日勤だったの?今(あなたのこと)、話してたとこ」と師長さん。
顔パスの私。

「血圧はこんなん。 救急車で酔っちゃったみたい。○○内科で薬もらってるんだよね」と師長さん。
詳しく聞かずとも、見れば分かる。そんな感じで、会話は短かったです。

傍らの血圧計は190/102の表示
医師の質問に耳が遠いながらも正確に答えるおばあさん
四肢の麻痺もなさそうな動き
追視もできている

ざっと見た感じ、大丈夫(今すぐどうこうってことではなさそう)でしょう。

私はスタッフと目で会話し、診察の合間に、
おばあさんに「誰か分かるよね」と顔を覗き込んで、声をかけてみました。

私に気づいた祖母。「おねえちゃんか・・」と声がつまり、泣き顔になっってしまいました。
これにはちょっと驚いてしまいました。
不安だったんだね。

だからといって、ずっと診察に付き添うわけにもいかない(救外のスタッフだってやりづらいだろうし)し、なんと言っても、かわいい我が子の保育園のお迎えが!時間がない!

「保育園に迎えに行かんといかんから、行くね」と祖母に言い残し、救外を後にしました。只今の時刻、18時!!!

ダッシュで保育園に行くと、ひろ~~い保育室に2人。時刻は18時10分。
保育園の先生に深々と頭を下げ、お迎えが遅れたことの謝罪をし、保育園を後にしました。
       ・
       ・
その後、祖母は頭部CTと撮影し、帰宅しました。

母から聞いた話・・・。
草むしりをしていて、立ち上がれなくなったそうだ。
左半身の不完全麻痺みたいな感じで、顔が半分クシャッってなってて、口がしびれると言ったそうで、父が救急車を呼んだんだとか・・・。
そして、救急車が来る間の数分の出来事に、母の怒り爆発!
あそこにあれがあるからもってこい。
こんな服じゃいかん。
こんな格好じゃいかん。違う。
下着も替えてく。
って言い張って、母の「そのままでいいわ!動いたらいかんわ!」という言葉にも耳をかさず、その場で下着を脱いでしまったんだとか・・・。
こんなんなら、救急車を呼ぶ状況じゃないでしょうに・・・。呆れる。
救急車にも、母は「あんたの親だろ。あんたが乗ってきゃぁーいいがぁ」と言い、父が付き添ってきたんだとか。

祖母と母は“嫁・姑”の関係。
私は小さい時から、嫁いびりみたいなものを間近で見てきました。
だから、私は、祖母のことはあんまり好きではなかったし、祖母のかわいがる息子である父のことも好きになれませんでした。

だから、何とも言えない、この微妙な空気感。
伝わりましたでしょうか・・・。

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2007年3月 5日 (月)

天下の奇祭・・・。その後。

ことしの○○○祭の日は暖かかったですね~。

祭りの日は、旧正月で、この日を境に、春。
だんだん暖かくなるんですよ。
ですので、寒いのが当たり前で、寒さしのぎのために、アルコールを入れまくる!
そして、もみ合う。(おしくらまんじょうですね(笑))
         ・
         ・
私は病棟勤務なので、入院扱いになった患者さんとしか接することはありません。
そして、うれしいことに、重症の患者さんの入院もなく、帰路に着くことができました。

応援で救急にいったスタッフからの話です。
ゲロを吐かれるので、汚れてもいい白衣に着替え出動。
今年は27人が来ました。
ほとんどがアルコール中毒でした。
裸男に押されて転倒し、骨折した見学者もいました。
例年より少なく、思ったほど運ばれてこなかったとのこと。
そのスタッフは、何だか物足りない感じだったとか・・・。大怪我の患者さんが発生しなかったことは、まぁ、いいことなんですけどね。

そんな中で、驚く話が!

アルコールを飲まされた12歳の子供が来たそうです!

これはイカンでしょ!

12歳の子供が自分で飲むわけがない。
まだアルコールを「うまい!」と感じる舌じゃないんだから。

飲ませた大人が悪い!!!
      ・
      ・
○○○祭に裸男として参加した人は病みつきになるそうですよ。
祭で死にかかって、生還した方が退院時に「来年も出るでぇ!」とおっしゃってました。
お世話をさせていただいた私達は苦笑。おいおい。

うちの彼も、ここの土地に足を付けたいいじょう、フンドシを締めて参道を練り歩く日が来るんでしょうね・・・。厄年の男性は、町内のまとめ役をし、参加いなくてはいけないらしいんですが・・・。
街からやってきた彼には、かなりきつい試練ですね・・・。
どうなることやら・・・。
ぜひ、男性の皆さん、うちの彼と一緒にやってみませんか?(笑)

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2007年3月 1日 (木)

天下の奇祭・・・。

明日は、全国的にも有名な、天下の奇祭、○○宮神社の“○○○祭り”です。

この祭り、かなり激しい。

怪我、アルコール中毒、などで運ばれるのが、うちの病院。

数年前には死人がでました。公にはなってないと思いますが・・・。

そんな祭りが明日あります。

明日に向けて、救急外来チームが増員・結集され、なだれ込んでくる患者の救命に当たります。

通常の外来は、この祭りの日は午前診で終了。(ちなみに学校も休みになるんです)

午後からは急患の受け入れ準備に大忙し。

外来の広~~~い待合室のイスを全~部どけて、じゅうたんを敷きつめ、点滴棒が一列に並びます。

想像してください。

まさに、“漁港に揚がったマグロ”状態になります。

軽症の人や、アル中で点滴のみで改善すれば帰宅できそうな人は、そこのじゅうたんに順番に横たわらせ、番号が体にマジックで書き込まれ、治療を受け、家族が引き取りに来たら帰宅できます。   しらふになって家族とご対面・・・恥ずかしいでしょうね。

入院の必要な人も出てきますので、病棟も大忙しになります。

大きな事故もなく終わってくれることを祈ります。

明日、日勤の私・・・

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2007年2月25日 (日)

人間って・・・。

人間って、“感情で生きてる動物”だって、改めて感じてます。
        ・
        ・
あんなに“辞めたかった”気持ちが、“やりたい”に変わってるんです!

4月から勤務場所が変わるって聞いた瞬間から、今の仕事が楽しくて。

何?この気持ちの変化は?
        ・
        ・
時間外は相変わらずですし、子供の世話と家事と仕事、体はしんどいです。

でも、気持ちは元気なんです。
        ・
        ・
エンドレスの仕事、慢性的な疲労で、完全に自己目標がなくなってしまっていた私。

あと1ヶ月でこの生活から離れられる(実際にはどんな生活になるかはやってみないとわかりませんが)・・・

ホッとしてるのと裏腹に、名残惜しくて・・・。

やっぱり私、この分野のことをやりたいって思っちゃってます(笑)
         ・
         ・
人間、気持ちの持ちようで、いかほどにも変われる・・・。

楽しい時間はあっという間。
病は気から。
念ずれば思いは叶う。

何だか、“マーフィーの法則” みたいですね。

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2007年2月24日 (土)

先手、打たれる。

数日考え・・・、

もう一度彼に
「辞めてもいい?」
と確認。
          ・
          ・
3月いっぱいで退職したいことを、看護部長さんに言いに行こうと決めた日。
師長さんから、
「一回復帰してしまった後に再度育休をとることはできないって言われちゃった」といわれました。

そうでしょうね・・・。知ってました。

その日の勤務が終わり、ロッカールームから出ると、看護部長さんにバッタリ。

部長さんのほうから、
「ちょっと、ちょっと、mayuさん」
はい。
「聞いてくれた?」
聞きました。(残りの育休はとれないってことですよね)
「4月から時間外勤務のないところに代わってもらおうかと思ってるんだけど」
え?(そんなことは聞いてません。)
「3交替じゃなくてもいいだよねぇ?」
はい。(“はい”って言っちゃったよ・・・)
「じゃあ、今までの経験を生かせるところで考えてますので。いい?」
どこですか?オペ室ですか?
「それは言えないわよ。」
えっー!どこですか?教えてください!
「えぇー、言えないって。でも大丈夫よ。今までのあなたの経験を生かせるところだから、いいですか?」
はい。外科に復帰しといて、弱音はいてすみません・・・。
「いいのよ。また外科に戻ってもらえるように、みんなあなたのこと待ってるからさぁ。頑張ってよ、ねっ☆」
はい・・・。
         ・
         ・        
         ・
         ・         
         ・
はめられた!ような気がしました(笑)

こっちが「辞めたい」って言う前に、
あっちの提案に乗せられて、承諾までさせられた・・・。

さすが、管理職のトップは違うわ・・・。

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2007年2月23日 (金)

息切れ・・・(4)

仕事の場で、熱があろうと、気分が悪かろうと、口に出す人は少ないでしょう。
私もそうです。
    ・
    ・
でも、今回は口にしてみました。

休憩時間、子持ちの先輩看護師が数人いました。

「毎日時間外勤務だし、家に帰っても、子供を寝かしつけるまで、ずっと立ちっぱなしで、休みの日も疲れきってて、家事もしたくないし、イライラするから子供に当たって、叩いたり、怒鳴ったり・・・。後で後悔して悲しくなったり・・・。もう何にもやる気が起こらなくて。仕事もなんだか辞めたくなっちゃってます・・・」

みたいな事、言ってみました。

そしたら、やっぱり驚いてました。
「mayuさんが言うってことは、相当えらい(名古屋弁でしんどいの意味)んだよねぇ」
「今が一番つらいよ。でもね、あと3年したら、すっごく楽になるよ!」
「うちの家に来てごらんよ、家の中なんかすごいことになってるよ」
「仕事辞めて家にいたら、もっとイライラするって」
「できるって。あと1ヶ月、あと1ヶ月・・・ってやってるうちにここまできたよ」
「自分の子供に、“○○ちゃんのお母さんはお金の為に働いてるって言ったんだよ。ママは何のために働いてるの?”って聞かれて、半分はお金のためだけど、半分はそうじゃないんだよね~」

などなど、いろんな事が聞けました。

だからといって、燃え尽きた気持ちに変わりはなかったんです。

「育児休暇って3年取れるんだよね~。今からでも残りの育休取れないか看護部長に聞いてきてあげるよ。」と師長さん。

育休かぁ~。本当に取れたとしても、もう、病棟には戻ってこれないような気がしてしまいます。

あ~、もう自分の気持ちが『辞める』に大きく傾いてしまっているのがわかりました。

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2007年2月22日 (木)

息切れ・・・(3)

私は、私生活のなかでは  “こうだ!” と思ったことは、すぐやる方です。
(でも、仕事では慎重慎重、報告相談連絡ですよ。確認確認、再確認です。)

なので、“仕事を辞める”と一度決めたら、実行するタイプでしょうね。
         ・        
         ・
前病院では、本当にやりたかった「救命救急・ICU」に勤務していたので、そこから離れるなんてことは考えないんだろうな・・・と思っていました。
本当に面白くって、楽しくってねぇ。

しかし、あるきっかけで(ここでは決して語れないんですがね・・・)
“辞めよう”と決めました。
そこからは、計画的に公務員試験の準備をし、今の病院の試験=公務員試験を受け、(本当に受かってしまい)、大学病院を退職、今の中核病院に就職しました。
「公務員になりたかったし、受かってしまったので・・・」との理由ですんなり退職ができました。
当時の大学病院は人件費を抑えたがる傾向があり、強い引き止めもなく、去るものは追わずみたいな感じでしたね。
          ・
          ・
ここ数週間、燃え尽きてしまっていた私。
ついに、彼に言いました。
「しんどいから辞めてもいい?」と。

普段から「しんどい」「つかれる」「不整脈がでる」・・・なんてことは口にしてましたが、「辞める」と口にしたことはなかったと思います。(あっ、つわりがひどい時に、言ってたかな?笑)

彼の返事は
「しんどいならしょうがないよね」

私自身のことですから、自分で決めさせてくれると思ってました。

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2007年2月21日 (水)

息切れ・・・(2)

毎日の生活の流れがきついのが続いていたこともあり、今月の頭くらいから、“この世界から足を洗おう”と本気で考えていました。

って言っても、無収入では生活できませんので、仕事探しへ。
まずはPCで求人探し。

やっぱり“看護師”で検索している私。
捨てきれないこの仕事への思い・・・。再確認しちゃいました。

でも、この行動で得たものがあります。
「看護師の働き方」って、総合病院や個人医院だけでなく、こんなにいろいろあるんだって。

保育園・幼稚園の看護師とか、
長期派遣看護師とか
短期派遣看護師では  “イベント看護師”  “健診看護師”  “ツアーナース”
      ・
      ・
「ツアーナース」って皆さんはご存知ですか?

ツアーナース=添乗員看護師  
・学校の修学旅行についていき、生徒の健康管理や病気・怪我が発生したときの対応
・高齢者や体の不自由な方のツアー旅行についていき、移動の介助・健康管理など

こんな仕事もあるんですね~。知らなかったです。
一見、「いろんなところに仕事として旅行に行けていいなぁ」なんて思いますが、よ~く考えてみたら、大変な仕事ですよ・・・。

元気な学校の生徒ならまだしも、高齢者・体の不自由な方の事前の情報がしっかり把握できてないと、不安で恐くて仕事なんて引き受けられないですよね。
そして、大体は1ツアーに1人の看護師が派遣されるそうで、果たして1人で介助なんてできるのか?
そして、そして、何かあったとき、私達は医師ではないので診断はできません。どの時点で医療機関に連絡を取るのか、また、その時期を見誤って、万が一ってことになったら・・・ツアーナースがどこまで責任を持つのか?
       ・
       ・
「保育園の看護師」ならできるかも。
夜勤、ないし。

でも、これも大変な仕事みたいです。
健康生活習慣の習得に向けての生活指導が主な仕事なんですが、園児の健康管理・観察ももちろん大事。
看護師よりも保育士の方が、子供のよくかかる病気について知っていて、自分のいる意味が分からなくなったり、当然、保育士のお手伝いというか、保育も仕事に入ってくるので体力もいります。
う~ん、分かる気がする。
これまた女の世界。すごいものを感じます・・・。
     ・
     ・
看護婦派遣の会社っていっぱいあるのに、
“「派遣看護師」って言うのは、違法だ”
なぁ~んて言葉を目にしたり・・・。
    ・
    ・
         ・
看護師免許を使えば、
仕事内容を選ばなければ、とりあえず働き口はすぐ見つかりそう・・・。
    ・
    ・
本気で「今の病院は辞めよう」と、彼にも言わず就職活動の第一歩を踏み出していた私でした。

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2007年2月20日 (火)

息切れ・・・。

ここ1ヶ月、ブログの更新がなかなかできてませんでした。
↓こんな感じで、PCの前に座ることができませんでした。
        ・
        ・
育休から復帰して4ヶ月が経とうとしています。
2人の幼子を抱えての仕事は思いのほかきついなぁってのが正直なところ。

自分は他の病院でICUを経て今の病院の外科病棟にいます。
今までずっと、ラッキーにも自分のやってみたい分野で仕事ができてきています。

今回も「また外科でやっていきたいなぁ」「スタッフのみんなも知ってる人ばかりだし」と外科に復帰することをふたつ返事で決めました。

復帰してしばらくは、“育児づめの生活から仕事・社会へ戻れた”ことへのうれしさでいっぱいでした。

復帰して2ヶ月ごろには、仕事にも慣れてきて、リーダーもバンバン付くようになり、当然のことながら時間外勤務の日々が続くようになってきました。

3ヶ月目・・・。
きつい。これはきついぞ・・・。しんどいぞ・・・。
日勤で時間外して、保育園迎えに行って、家に着くと19時。
それからご飯作って、食べさせて、お風呂準備に、入浴。
あ~もう21時過ぎてる・・・。寝かせないと・・・。
仕事で走りっぱなしでクタクタにもかかわらず、家に帰っても座ることなくノンストップ。

4ヶ月目・・・。
イライラする。
子供に当たる。
子供がダダをこねる。
イライラして待ってあげられない。
怒鳴る。
叩く。
子供が泣く。
さらにイライラする。
怒鳴る。

仕事中、看護記録を書く時、イスに座ると、ふと思い出す。
叩いたことを。
怒鳴ったことを。

何やってるんだろ・・・あたし。
        ・
        ・
「何で働くの?えらい(名古屋弁で“しんどい”の意味)なら辞めやぁ」と実家の母は言います。

私は、彼の協力・実家の協力・子供の協力があって働きに出れているんだと感謝しています。

子供を保育園に預けてまで、何で働いてるんでしょう・・・。

お金のためだけじゃない。

家族のためだけじゃない。

自分のため。そうかも知れない・・・。
         ・
         ・
でも、今はちょっと息切れ・・・。

仕事も育児も家事も「やらなきゃ」って思ってるんですが、な~んにもやる気が起こりません。

もしかして、心が病んできてるのかしら・・・。

“バーンアウト”ってやつかしら。

燃え尽きた・・・。

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2007年1月14日 (日)

腕が良くてもねぇ・・・。

かなりむかつきました。
      ・
      ・
病棟勤務だと、毎勤務、リーダーとメンバーが存在します。
リーダーになると、医師からの指示受け・報告や、メンバーが動きやすいように業務分担・振り分けをし、病棟全体の把握をしていかなくてはいけないポジションです。
だいたい、日勤・深夜・準夜の勤務パターンだと、リーダーが付く可能性は50%以上。
主任看護師の一存で付けられます。
このリーダー業務、普通やりたがる人はいません。うちの病棟では間違いなく全員やりたがりません。
なぜなら、責任を重く課せられるのも嫌なんですが、それよりも“医師への報告(Drコール)”が何とも嫌!

嫌なのは、“ある1人の医師”への報告。
        ・
        ・
外科部長の医師、3年くらい前、どっかの病院からやってきました。
腕はピカイチで、本当か嘘か、日本で4本の指に入るくらいのゴットハンドを持つ医師です。
確かに難しいOPでも短時間で綺麗に終わって帰ってきます。術後の経過も良いです。
        ・
        ・
いくら良い腕を持っていても、もし自分が病気になったとしても、私はこのDrに切ってはもらいたくはありません。
        ・
        ・
なぜなら、この医師、相手の話を聞きません。自分が切りたいだけなんじゃないの?としか思えない・・・。

だから、看護師ともうまく行きません。もちろん、医師同志もうまく行くわけがありません。

切ったら切りっぱなしで、術後の指示は、しもべの先生が全部見ることに・・・。

しもべの先生はかわいそうです。そのために自分が主治医になっている患者は数人。労働のほとんどが、この部長の患者の事。

順調に回復すれば、まあ問題ないんですが、急変なんかするとほんとに大変なことになります。

この医師が赴任してきて間もない頃、夜間に報告の電話を入れたら、翌日「何であんなことで電話をかけてくるんだ!」とぶち切れられた事がありました。あんなこと?!あなたの患者さんなんですけど・・・。今までの先生達には、報告が足りん、遅いと言われてきたのに・・・とスタッフみんな戸惑うばかり。
         ・
         ・
抗癌剤治療が終わるのを楽しみにしていた患者さん。
血液検査のデーターが下降しつつあったものの、外泊許可をもらい、外泊。
翌日夕方帰院したとき、熱発して、鼻出血・口腔内出血が出てきていました。

次の日の朝、主治医であるこの医師に報告すると・・・
「いかんじゃんっ!熱が出て!外泊させるからだ!」と私に怒鳴りました。

ちょっと!!!!!!なんであたしに怒鳴るんだよっ!!!

周りにいたスタッフの仕事の手が止まりました。まただ・・・っていう感じの雰囲気・・・。
         ・
         ・
別の患者さん。抗癌剤治療の副作用で気分が悪く、嘔吐反射が出て、唾がダラダラ流れてきています。
大事なホルモン剤も内服できていません。
ちょっと口にした食べ物も吐いてしまいました。

このことも報告すると・・・

「なんで吐かせるんだっ!一回でも吐かせたらいかんのだっ!なんでこんなことになるんだ!いつからこうなんだ!しっかり看ろよ!」と、また怒鳴った!

怒鳴る前に、自分の目で患者さんを見て来いよっ!部長回診のときにしか患者さんの顔見ないくせに!
        ・
        ・
本当に嫌です。この医師。

どんなに腕がいい技術屋でも、上からしか物が見れないこの人。

人を言い負かすのに快感を覚えるのか、いつも誰かを言葉でいたぶっています。

都合のいいときだけ「外科はチームなんだから」と強調し、興味のないことには全然目を向けない・・・。

こんな人と、仕事なんかしたくない!

こんなやつのために辞めるのは悔しい。どっか行ってくれんかなぁ・・・って誰もが思っているんです。

うちの病院に飛ばされてきた理由が分かった気がします・・・。

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2007年1月 4日 (木)

本音。

日々の仕事の中で、「嫌だな~」って思うことは、

“自分がした行為で、患者さんの容態が悪くなること” です。
       ・
       ・
ターミナルの患者さん。
もうその時が近づきつつある時、喘鳴(ぜいめい:ゼーゼー呼吸)が続いています。
気管にある分泌物を取り除いてあげたら、呼吸がしやすくなるんじゃないか・・・。
家族も私達もそう思います。
でも、分泌物を取り除く行為(気管内吸引)をとてもためらいます。

“その行為で患者さんが死んでしまうかも・・・”

昔、私の先輩がこれに似た状況で、“痰を吸引してあげないと窒息の可能性がある、しかし、吸引刺激で循環動態が大きく変化し、最悪の場合・・もある”って時に吸引をした結果、後者の結果をたどってしまいました。
先輩は自分のしたことを悔やんで悔やんで、看護の世界から去ることも考えていたそうです。
         ・
         ・
先日、勤務に行くと、前勤務者から「○○さんが亡くなった」ということを聞き、めちゃくちゃ驚きました。

食道癌のオペ後、徐々に離床し始め、午前午後1回づつ、頚部の安静を保ったままでの看護師との散歩が日課になっており、早くもとの生活に戻ろうと、患者さんも大変努力されていました。
この日も担当看護師と午後の散歩を終え、いつものように患者さんがベットに横になるまでを介助しました。そして退室をするかしないかの時、患者さんが咳き込み、気管切開孔から出血がありました。どんどん血が溢れて、吹き出てきます。
穏やかな時間が一変し、修羅場へ・・・。

出血部位は内頚動脈が大きく穿孔していました。
・・・結局、すばやい対応の甲斐もなく・・・。

離床させて戻ってきたところで急変。
この日、受け持ちだった彼女の気持ちを考えると、ほんとに気の毒です。
こうなったのは決して彼女のせいではないんですが、かなり責任を感じているようです。

この経過を聞き、自分の時じゃなくてじゃなくて良かった・・・と思ってしまった。

本音。嫌な自分・・・。

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2007年1月 3日 (水)

お正月。

2日に彼の実家にご挨拶に行きました。

「名古屋のじぃーちゃん!」とあーちゃんは大喜び。
ことちゃんもパパママ一緒なら、じいちゃんの顔を見ても泣きません。
      ・
      ・
いとこの小学生のお兄ちゃん・お姉ちゃん、あーちゃんと同じ歳の男の子が来ていました。
小学生の子のリードで遊びに参加。でも、同い年の男の子とはお互いに警戒気味・・・。終始交わることはなかったね・・・。性別の違いの為か?やっぱり年2回しか会えないからしょうがないのかな。
彼方の親戚の中では一番若い私。一番上の義兄ちゃんとも六つしか違わないので、緊張することもなく、輪に入っていける環境です。
だから、いろいろ話がしたいと思って毎回出かけるんですが、子連れになった時から、子供の相手や観察で、どうしても会話が途切れ途切れに・・・。これも、仕方がないのか?
今回もあれやこれやとは話せなかったなぁ~。
         ・
         ・
そんな中でも、
今回のお正月で気になったこと。

それは“じいちゃんの症状”
         ・
         ・
1人暮らしのじいちゃん。60歳後半。

数年前の健診で脳幹部に脳動脈瘤が見つかり、オペ適ではなく保存的治療・経過観察中。肝機能障害もあるようで通院で点滴療法をしています。
2年くらい前から、ちょくちょく一過性の意識障害が出ていて、ふと意識がなくなり、周りにいた人は驚くんだそうですが、意識を取り戻した本人には全く自覚がないそうです。(聞くだけでドキドキします。)
2ヶ月前には、布団の中での失禁で目が覚め、体が自由にならず、這ってトイレに行き、立ち上がれず座ったままでズボンを履き替えたということもあったようです。(これはやばいでしょう~、分かる人には分かると思いますが、これはやばいです。戻ったから良かったものの・・・。次こんな症状がでたらすぐ病院に行って治療してもらわないと大変なことになるかも・・・。1人にしておくのはかなり心配な症状です。)
最近、1年前の趣味の発表会の開催場所が思い出せなく、「物忘れがひどくなっている・・・」と本人は落ち込んでいるようでした。(特別な日のことの記憶がなくなってる・・・。心配だ・・・)

一番気になったのは、じいちゃんの話す表情。
前回会った時と比べて、何か変。
・・・笑顔が出ない。・・・目に元気がない。
・・・話がめちゃくちゃ回りくどい。
ただの“歳のせい”ではないような感じがしました。
        ・
        ・
2~3ヶ月に1回しか会わない私が言うのもなぁ・・・なんてちょっと躊躇もしましたが、帰りの車の中で、じいちゃんについて私が感じたことを話しました。

彼も、「僕もおかしいと思ったよ。元気がますますないし、話がかなり回りくどくなってるし・・・」
彼は私の見解を聞き、「ヤバイの?」「どうしたらいい?」と聞いてきました。
        ・
        ・
「“早期発見してあげること” が 大事なんじゃないのかな・・・」と私は答えました。

今の状況で、実際に私達ができることは、
“会う回数をもう少し増やす”
“電話でのコミュニケーションをもうちょっと増やして傾聴する”
ことくらいかな・・・と話しました。

如何せん、私は一応「嫁」の立場ですから、「一緒に住んであげればいいじゃん」なんて言えません・・・。

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2007年1月 2日 (火)

あけましておめでとうございます♪

皆さん、2006年はいかがでしたか?

私は2回目の育休をとって、のんびり過ごさせてもらっちゃいました。

そんな中で始めたのがブログ!

このことが1番大きな出来事だったかな~(笑)

毎日に張り合いができ、ブログで知り合ったみなさんとの会話がとってもうれしかったし、楽しかったです。

今年ものんびり更新していけたらいいなぁ~と思っています。

よろしくお願いします。
       ・
       ・
今回の年越しは、通勤中の車の中でした。

いろんな方向から除夜の鐘が聞こえていました。

信号待ちの時、ラジオのDJのカウントダウン。

「あ~、あたしって、何でこんなときに仕事なんだろう・・・」

独身の時はこんなこと思わなかったなぁ・・・

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2006年12月26日 (火)

信じられない事。

先日の準夜勤の帰りのロッカールームで、一緒に勤務した先輩が突然ポツリと言いました。

「○○ちゃんが亡くなってから半年くらいだよね・・・」

○○ちゃん?誰?  亡くなった?半年?

「・・・・・・○○さん? あの○○さん? 亡くなったって、うそでしょ!?」と私。

にわかには信じがたい話・・・。
         ・
         ・
私が今の病院に替わって来てすぐの頃、内科病棟から外科病棟に替わってきた○○さん。
妊娠中で、切迫になりそうだということで、私とは数ヶ月一緒に働いただけで退職されました。
私(当時独身)の自宅の隣町に住んでいた○○さん。「近いんだね~、いつでも遊びにおいで~」なんて会話したのを良く憶えています。
        ・
        ・
胃の自覚症状が出て、近医受診。

即手術しないと・・・という状態で、総合病院に入院。

手術し、2年頑張ったそうです。

36歳。

“スキルス胃癌” 

子供2人、小学生の子と保育園児の子を残して逝ってしまったようです・・・。
       ・
       ・
他人事じゃありません。

年齢も近いし、ここ数年、胃腸に自信のない私。

子供を置いて逝かなければならなかった○○さんの気持ちを思うと涙が出てきそうです。

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2006年12月10日 (日)

ボーナス。

金曜日にボーナスが出ました!

復帰して1ヶ月しか働いていない私にもちゃーんと出ました。みんなよりはめちゃくちゃ少ないけど・・・。

9月にテレビが壊れ、地デジ対応のプラズマテレビを購入。
小雪のCMの「ビエラ」っていうのです。

今回のボーナス、なんとかテレビ代はあったので、ありがたい限りです・・・。

でも、今回のボーナスから税金が引かれています!集めた税金、1円たりとも無駄に使うなよー!!!(怒)と思ったのは私だけじゃないと思います。
          ・
          ・
今日の朝、「一応ボーナス出たよ。少ないけど・・・」と彼。

「テレビ買える値段貰えた?」と私が聞くと・・・。

「・・・・・」 首を横に振る彼。
          ・
          ・
明細見せてもらったら、私の2/3の金額!

何で!?

みっちり1年間働いてきた彼の賞与がこんだけ?!

サービス残業・休日出勤をしなくちゃいけないほど働かせていただいて、この評価・・・。悲し過ぎます。

表向きは綺麗な仕事・裏では血のにじむ様な現場に、安月給。

一般企業はどこもこんなもんなんでしょうか・・・。

毎年、「ボーナスが出るだけまだいい・・・」と彼は言いますが、
         ・
         ・
看護師(フルタイム)と会社員の給料を比べると、断然私の給料の方が多いんです。今までず~っと。

彼はこんなことでプライドが傷つく人ではないので、助かってますが・・・。でも、この長時間勤務でこのお給料では、割りに合ってません。

「退職して学校行きなよ。看護学校。3年間頑張ればいいんだよ。資格取りなよ。」と私が冗談でいつも言ってます(笑)

「(看護師に)なったとしても、年齢制限で就職できん・・・。その前に興味のないことなんてできない・・・」と彼。

確かに・・・。

“好きこそものの上手なれ” ですもんね。

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2006年11月30日 (木)

すれ違い。

ことちゃん(1歳)、胃腸カゼの下痢がやっと止まりました。

ほっ Ibu5

昨日の夜には茶色の泥状の便(下痢の時は薄黄色の透明な便)が出て、ご機嫌でニッコニコ!

1週間近くの下痢で、なんとなく顔がほっそりしてしまったことちゃんですが、今日の朝はもりもりぶどうパン1個食べきり、保育園に登園していきました。

いいぞぉ~!頑張れ~!

ママが元気にお仕事に行けるのは、ことちゃん・あーちゃんが元気でいてくれるからこそです。

子供達が元気だと、(少し調子が悪くても)つらいことでも頑張れちゃいます★
        ・
        ・
先日、夜中の出勤時、玄関で彼とチラッと話をしました。

「子供達は寝てるから・・・、明日保育園よろしく!じゃ行ってきます」と小声で私。

「うん。   何か寒気がするんだけど・・。どうしよう。」と彼。

今言われてもねぇ・・・。私はもう仕事モードなんだけど・・・。

頭痛と悪寒だそうで、ロキソニン(鎮痛解熱剤)をワンシート渡して家を出ました。

明日の朝、体調悪くて、あの2人を起し、着替えさせ、食事を与え、保育園に送る・・・。

彼の健闘を祈るのみ・・・。
      ・
      ・
今日の朝、2日ぶりに彼とお話しました。

彼はロキソニンのとりこになっていました。

「効いてる間はすごく良くて、切れてくると頭が痛いんだわぁ」と彼。

ロキソニンを常時内服してるらしいです。(6時間はあけて飲めという約束は守っているようですが・・・)

忙しいのは分かるけど、もう少し睡眠時間を確保したほうが良いんじゃないのかしら・・・。

心配。

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2006年11月25日 (土)

30秒・・・。

怒涛の5連勤が終わりました・・・。

半端じゃなくしんどいです。
急変、時間外入院、急な検査処置、緊急OP・・・。
当然時間外勤務してます。

夜勤も始まり、家に帰れば子供達が・・・。
「私はいったい何時間起きてるんだろう・・・」って感じです。
       ・
       ・
       ・
フレッシュの頃に先輩から聞いたこと。

「夜勤1回で、寿命が30秒縮む」

「看護師の平均寿命は普通の人に比べて2年短い」
       ・
       ・
       ・
ほんとに、夜勤は寿命縮めてる・・・って感じます。

単純に計算すると、私は今までの看護師生活で、5時間、それ以上に命削って仕事してることになります・・・。
       ・
       ・
最近スタッフのみんなが、私に「やせたね」と言います。

自覚はなかったんで、体重を久しぶりに量ってみたら-3kgでした。

この連勤中は、口内炎も数個でき、風邪もひき、おそらく熱発もしてたと思います。

今後、業務には慣れても、夜勤に体が慣れることは多分ないでしょう・・・。
       ・
       ・
それでも病棟看護師にこだわっている私です。

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2006年11月19日 (日)

ヒヤリ・ハット。

また、お仕事のお話です。

まだ、日勤だけの勤務が続いています。

17時・・・さあ、自分の仕事も終わり、他のスタッフの残っている業務を手伝おうかなぁ~と思い、廊下に出ると・・・

「看護婦さ~ん!!!」  ただならぬ声!

ナースステーションから一番遠い2人部屋から聞こえます。
そして、部屋の前で女性が手招きをしています。

猛ダッシュで走って行くと、「私が戻ってきたらこうなってたの」とその女性。
ベットの床に転落している(横になっている)患者さんを発見!

私の気持ちはアチャー!(汗)。

レベルの確認しつつ、状況把握。
1人でベットに戻すのは無理。ナースコールで応援を呼びベットへ戻し、外傷の有無等、観察・・・。
        ・
        ・
この部屋の今日の受け持ちは、私でした・・・。

第一発見してくださったのは、隣のベットの患者さんの家族。

転落した患者さんは、脳梗塞で右半身不完全麻痺。腹部のオペ後で、外科的には治療終了。嚥下訓練と運動リハで退院間近。自分で起き上がるのは出来ず、車椅子への乗車も介助が必要。自力歩行は出来ない。自己にて側臥位は取れる。

転落時、ベット柵は上がったままでした。

どうやって乗り越えたのか・・・・。

外傷なし。落ちたのではなく、降りた・・・のか?

オムツ内に便失禁あり、「トイレに行こうと思ったのか」と問うと、うなづかれました。
        ・
        ・
        ・
ひとまず、外傷がなく「ほっ」。

事故防止対策(ベットの転落した側を壁にくっつける。ナースコールを押すことを再度説明等)を施し、ヒヤリ・ハット報告書の作成。
        ・
        ・
こういうことが起こるといつも思うのは、

患者さんの行動力は、私達看護者の予想をはるかに超えてる・・・と。

             Kagonami_8 mayu

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2006年11月14日 (火)

占い師の影響・・・。

だいぶ体が仕事のリズムに慣れてきました。

まだ、日勤だけの勤務なので、夜ぐっすり寝れば、翌朝までに疲れは取れています。(夜勤だと寝ても疲れが残ってしまうんですよ・・・ね)

病棟の患者さんも大まかには把握できてきた今日この頃です。
        ・
        ・
2年くらい前からでしょうか。

占い師の○木○子さんがよくテレビに登場するようになってきました。

最近もお目にかかることができますよね。

この占い師さんを見ると思い出すことがあります。
        ・
        ・
それは1年前に入院していた患者さんの奥様の私に言った言葉。

「近所の人が言ってたんだけど、○木○子が“患者を救えるのは家族だ。家族の愛だけだ”って言ってたとっ。“医者も看護婦の何もしてはくれないんだ。医者も看護婦も仕事で看てるだけで、仕事が終われば忘れるんだ。”って。私はそうだ、その通りだって思ってるのよ。あなたもそうなんでしょう!どう?!どうなの?!・・・だから私は自分でこの人のために出来ることをやるの。」

皆さんはこんな言葉を言われたらどう感じますか?

私は   ムカッ! ぐすん!  ドキッ!  って感じでした。

ムカッ!・・・・・「看護師は何もしてはくれない」 やってるんですけど・・・。

ぐすん!・・・・・「看護師は何もしてはくれない」 これまで私たちがやってきたこと・今やってることの全否定ですね・・・(涙)

ドキッ!・・・・・「仕事が終われば忘れるんだ」 はい、すっかり忘れますよ・・・。
         ・
         ・
70歳代の男性。右半切除術を受けたが、術後脳梗塞を併発。麻痺による嚥下障害、誤嚥性肺炎も起し経管栄養、自己俳痰もうまく出来ず気切。運動リハするが立位も出来ず。奥様はインターネットで買った「アガリスク」や「プロポリス」(癌が消える、小さくなるとうたわれている漢方薬みたいなものです)を医師・看護師の目を盗んで患者さんに飲ませていました。

こんな患者さんの奥様です。

「手術前のように戻してもらわないといかん!」「いつになったら口から取れるの!?」「手術してもらわないほうがよかった・・・」

こんな言葉が出てくるようになった頃に、私に上記のような言葉がありました。

私たちの行ってる看護って、何なんだろう・・・。

スタッフみんなで話し合いました。

元凶が主治医にあったとしても、それは言い訳にはならない。
家族に私たちの行っていることのひとつひとつを奥様に提示する(ベットサイドにケア・処置表を貼る)。
奥様に要望を聞く。出来るだけ希望に添えるように努力する。出来ないことははっきりと断る。

要は、家族の看護計画への参加です。

私のムカッ!っときた感情は、看護師としては抱いてはいけない感情だったんでしょうか。
「してあげてる」ってどこかで思っているから、こんな感情が湧いてくるんでしょうね・・・。

でも、こんなこと言われて、ほんとに私は悔しくって悔しくって、振るえが来たのは忘れられません。

あの占い師さんを見るたびに・・・。

            Kagonami_7 mayu

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2006年11月 8日 (水)

闘っている人。

復帰して何日か経ちました。

臨床に戻って感じている事は、“死を意識した人とのコミュニケーションの難しさ”です。

ある意味、気持ちが一般人に戻ってしまっている私。

そんな人と話すのがちょっと恐かったです。
         ・
         ・
食道癌の患者さん。
5年前にオペをし、転移もなく経過していたんですが、
今年の夏、食道に再発。
食道はかなり狭窄してきていて、流動物しか通りません。
唾液も飲み込みにくい感じです。
今後どのような治療をしていくのかまだ決まっていません。
再手術しても気管切開は必至で今までのようには発声できなくなります。化療しても完治は難しい・・・。
         ・
         ・
仕事初日、この患者さんの部屋の担当でした。

私は初対面。
この患者さんの情報もあんまり頭に入ってなかったこともあり、患者さんの気持ちを聞き出すのによく使う質問をしました。

「“なにか困ってることはありますか?”」

「病気が治らんで困っとるわぁ!」  ちょっと怒ってる感じに聞こえました。

「・・・・・」

何も言えない私。
言えるわけがありません。
この患者さんの気持ちを考えると涙が出そうになりました。
“死の恐怖”を感じてるんだ・・・。

患者さんの不安を表出させ(聞き出して)、その言葉を傾聴する事が看護になるんですが、これがなかなか、難しい。

どんな表情で聞いたらいいんだろう・・・
この場合、オウム返しで言葉を返してもいいんだろうか・・・

一瞬の間にいろんなこと考えたと思いますが、テンパッちゃてその時のことは憶えてません。

後でスタッフに聞くと、ここ10日ほど前から病室から出てないというこの患者さん。かなりナーバスになっていたようです。
       ・
       ・
今日は担当ではなかったんですが、ナースコールで訪室すると、

「73歳になったで、これ新しいのに換えてくれん?」とネームバンド(患者さんの固体識別ができるように、名前・年齢・○科等が書いてあるリストバンド)を指差しておっしゃいました。

声を聞いてピンときました。声に張りがあると・・・。
そして、顔つきも違う・・・、穏やか。

手術をすることに決めたそうで、何か吹っ切れたようです。

私は、あえてそのことには触れず、72歳から“73歳”に書き換えたネームバンドを患者さんの腕につけました。

「お誕生日おめでとうございます。今年はいい年になりますように。」と声をかけて。

「ありがとう」と、やわらかい口調で返事が帰ってきました。
         ・
         ・
毎日、闘っている患者さん。

それにかかわる私たち。

私にいったい何が出来るんだろう・・・。

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2006年11月 2日 (木)

鈍ったか・・・?

今日は仕事2日目。

姿形は完全に病棟に溶け込んでいるようで、他のスタッフには違和感なく私が仕事をこなしているように見えるそうです。

がっ!私自身は「どういうにやってたってけ・・・」と、回転の悪くなった頭を使ってやってるので、行動を起こすのに時間がかかり、そんでもって手際が悪い・・・。

もう、自分のことで手一杯。たいしたことない仕事量のはずなのに。

今日の一番のショックな出来事は・・・

          採血しくじる。

70後半の患者さん。数日前から熱発。本日は抗生剤点滴終了後2時間での採血指示。

右肘静脈からCVカテーテルが入ってます。(おそらく通常の末梢がとれなかったんでしょうね・・・)
左前腕は末梢点滴の穿刺部が化膿し、血管壊死まで起こしたようで、昨日デブりートメントがされました。

さぁ、血管探し。

まず、左腕はデブリートされた創があるのでパス。

次、右前腕。カテが入っているので、前腕を駆血。
糸?
骨皮の細い腕。手背に曲がりくねった細~い糸のような血管しか見えません。
カテは30cm入っているので駆血してもいいとDrはいうんですが、
あんまりやりたくない・・・。
でも血管ないから、上腕を駆血。
一本見えました。血管らしきものが・・・。
でも、なかなか怒張してこず、脱水か?はたまた血管じゃなくてタダのスジ?

血管であることを祈り・・・・・

刺す。

手ごたえ・・・ない。張りのある血管だと入ったっていう感覚が針先から感じるんですが、それがない・・・。

逆血もしてこない・・・。

失敗だ・・・。

ショック!自己嫌悪・・・。

血管じゃなかったのか、自分の技術や感覚が鈍ったのか・・・。
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       ・
結局、研修医のDrにお願いし、Drは鼠頚(足の付け根の太い動脈)からとってました。

それで、ちょっと救われた私。
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でもやっぱり、復帰第1回目の採血で失敗・・・。

かなりへこんでいる私・・・。

                 Kagonami_6 mayu

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2006年11月 1日 (水)

復帰初日。

とうとうこの日がやってきました。

起床は6時。

子供達は今日、園外保育なるもの(近くの公園で弁当を食べる)で、給食がありません。
「弁当を持ってきて下さい」と2日前に言われ、「はっ、はい」と言ったものの、
2人分!?しかもひとつは離乳食じゃん!
復帰の初日じゃん!忙しいじゃん、なんか気持ちが焦る・・・

ちゃ~っと作って、化粧して、あーちゃん・ことちゃんの着替えやら、ミルクやらの世話をし、後の子供達の事は彼に任せて出勤しました。

玄関までついて来たあーちゃん、ことちゃん。

「行って来ま~す。パパと保育園行くんだよ。お迎えはママが行くからね。」と私。

神妙な顔の2人。

玄関ドアがパタン。

後ろ髪、引かれましたが、車に乗っちゃえば、もう仕事のことで頭がいっぱい。
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白衣に着替え、いざ病棟へ!

挨拶してナースステーションに入ると、
「あ゛っ!待ってたよ~!」と聞きなれたスタッフの声。

私、戻ってきたんだぁ、仕事するんだぁ、と実感。    うれしかった。
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復帰初日であっても、容赦なく受け持ち部屋がついてました。(もちろんサブの人がいましたが)
大部屋とMRSA部屋。

患者層を見ると、壮絶なオペを乗り越えてここまで来たという、経過の長い人ばかり。
一回の申し送り、カルテ参照、部屋回りで、すべて把握できるわけもなく、結構、いや、かなり必死な私。

午後の検温。
バイタルをとり、患者さんの経過を観察してくるんですが、1人の患者さんに取られる時間が半端じゃなくかかってしまいました。
それは、新しく来た私だからですね・・・。
「話を聞いてくれる人が来たっ!ってばかりに、めいっぱい話込まれてたねmayuさん」とメンバー。
普段、仕事に追われ、なかなか患者さんと時間をかけて話すことが出来ていない現状。1年前と変わってないみたいです。

あっという間に時間は過ぎ、気がつけば外は真っ暗。
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勤務終了時間にまだ患者さんの入浴後のドライヤーとしていると、
「代わります。mayuさん、帰ってください」「お疲れ様でした!」「また明日よろしくね」と3人も集まって来てくれ、ちょっと感激。
お言葉に甘え、先に帰らせてもらいました。

朝、はいて来たジーンズがキツイ。やっぱり浮腫んだかぁ・・・1日目にして。
あ~、足の動きを止めると、だるく痛い・・・。
でも、子供達が待ってると思うと、自然に小走りになってしまうんですよね~。
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保育園にお迎えに行くと、あーちゃんが飛んできました。
いつもより2時間も長くいたので、どうかと思いましたが、いつもと変わらない表情。
ちょっとほっとしました。
奥からことちゃんが連れてこられました。
10時間ぶりのご対面ですが、泣くこともなく、立派なもんです。
でも、何だかあっさり過ぎて、ちょっと寂しかったなかぁ・・・。
お弁当は2人とも完食!頑張って作った親としては、涙が出るほどうれしい!

帰ってからが戦争。寝るまでに3時間しかない!!!
ご飯作って、食べさせて、
風呂に入れて、服着せて、
歯磨きして、ミルク飲ませ・・・
しまじろうビデオ見せて、消灯・・・・・・・・・・・・・。

園外保育・長時間保育で、やっぱり子供達も疲れてたみたいで、電気消して10分で深~い眠りにつきました。
そして、PCに向かっている私。

育休中の1年間で、どれだけ脳が退化してしまったんだろう・・・ってくらい、思い出さないんですよね。リターンの患者さん顔と名前が、1人しか思い出せずショック。
要らない情報はどんどん消してしまった、私の脳ミソ。
いったい、いつになったら、あの時のキレが戻ってくるんだろう・・・。
ちょっと不安になりながら、この記事書いてます。

また明日、こうして皆さんに報告が出来ますように・・・。
おやすみなさい。

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2006年10月25日 (水)

復帰への準備。

あと1週間後には病棟復帰です。

2人抱えての家事・育児・仕事・・・どうなることやら・・・。

もうそろそろ、仕事行く準備をしようと思ってます。
教科書開いて眺めるなんてことはしません・・・。Ibu8

仕事道具の確認です。
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聴診器(現場ではステートって言ってます)
産休入る直前に新調したもの。使ったのは、家であーちゃん・ことちゃんがインフルエンザの時に使ったのみ。ピカピカ!なんかうれしい。

腕時計(秒針付きで洗えるもの)
仕事の腕時計は結構(かなり)汚れます。血液、オシッコ、ウンチ、吐物などなど。毎日勤務終了時には石鹸つけてジャブジャブ洗います。だから、すぐ傷みます。新調しようかしら・・・。

ボールペン(自分の手になじんで使いやすいもの)
我が病院の看護記録はまだ手書きのはず。(最近は電子カルテ導入する施設もあり、とうぜん看護記録もPC入力なんですよ~) 字が書けるか心配。医療用語・看護用語がすっと出てくるか不安です。

ペンライト(いざという時のためにもっていたい一品)
瞳孔見るのがメイン。夜間の巡視の時、懐中電灯が突然付かなくなった時なんか便利。

白の靴(履き心地のいいもの)
うちの病院はいつからかサンダル禁止になりました。サンダルだと汚染された注射針が足に落ちて誤刺する可能性があるから。
靴もめちゃくちゃ汚れます。よく見るといろんなものがくっついてます。1勤務でかなりの歩数歩きます。(万歩計つけて勤務してますが)動線を考えて動いても忙しい日は7000歩は歩きます。だからすぐ傷みます。
新しい気分でスタートしたいから、新調しようかなぁ。

白の靴下(安くて履き心地のいいもの)
サンダルが禁止になってから、ストッキングは履かなくなりました。だから、足のかかともガサガサになることがなくなりなした♪
靴下も汚れます。自分の汗もなんですが、やっぱり血液とかウンチとかオシッコとか、ほんとに汚いのもが付くことがあるんです。患者さんのものが付いた時は、もったいないですがすぐ脱いで捨てます。素洗いしてあっても、こんな危険なものをおうちの洗濯機で洗いたくないです。だから、安くていいものを多めに用意します。
ユニクロでまとめ買いしました~。

白衣(家にもって帰ってくることはありません 病院のクリーニングに出し、病院のロッカーで保管してます)
病棟看護師は数年前からパンタロン(ズボン)タイプを着ているスタッフがほとんどです。ワンピースタイプは動きにくいし、下着は透けるし、あんまりいいことありません。
パンタロンタイプの上着は丈が長めで、「お腹やお尻が隠れていいわぁ~」というスタッフもいますね(笑)

ナースキャップは何年か前に廃止になしました。
寂しい感じもしますが、ないほうが断然仕事はしやすいですね。

アンチョコ(ポケットにはいる年代もの)
これはけっこう大事。この病院に来てから、チョコチョコ、メモってきた手帳。
ロッカーに入りっぱなしか?

印鑑(日本人、何でこんなに印鑑好きなの?サインでいいじゃんって思う時あります)
結構紛失します。
結婚してから知ったのが、私の苗字は特注しないとない字。(旧姓はよくある苗字でした)
絶対なくさないように気をつけてます。
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なんか、育休生活が名残惜しくなってきました。

先日、5月に乳児2人抱えて育休から復帰した看護師友達のおうちに遊びにいったら、話が途切れると、うつらうつら寝ちゃいそうだった友達。

壮絶な生活送ってるんだね・・・。疲れてるんだね・・・。

でも、頑張ってる姿は素敵にみえました。

私も頑張ろうっと。

         Kagonami_5 mayu

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2006年10月20日 (金)

妊婦さんのニュース。

このニュースであなたは何を思いましたか?

病院18か所たらい回しで32歳妊婦1週間後に死亡

 奈良県大淀町立大淀病院で分娩(ぶんべん)中に意識不明になった奈良県五條市の高崎実香さん(32)が、18か所の病院に受け入れを断られ、大阪府の病院に収容されるまでに約6時間かかっていたことが17日、分かった。妊婦は転送先で緊急手術を受け出産したが約1週間後に死亡した。

 大淀病院によると高崎さんは8月7日、分娩のため同病院に入院。8日午前0時すぎに頭痛を訴え意識不明に。主治医は分娩中にけいれんを起こす発作と判断。同病院では処置できないとして県立医大病院(橿原市)に受け入れを打診したが満床を理由に断られた。

 医大病院が県内外の転送先を探したが次々に断られ、19か所目の国立循環器病センター(大阪府吹田市)が受け入れ先に決まったのは同日午前4時半ごろ。午前6時すぎに転送後、脳内出血と診断され、脳内出血と帝王切開の手術を受け男児を出産したが、高崎さんは意識不明のまま8月16日に死亡した。

(2006年10月18日06時01分  スポーツ報知)

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32歳・・・私と同じ歳。もうすぐかわいい赤ちゃんに会えるって時に・・・(涙)

本当にかわいそうで、涙が込み上げてきました。

CTを撮らなかった医師や、受け入れを断らざるをえなかった病院などなど、私なりに思うことはありますが、ここではそのことには触れないでおこうと思います。

実際に、2人の子供を妊娠し出産した私は、このニュースを知って、あーちゃんを妊娠していた時のことを思い出しました。

臨月に近づくにつれて、恐くって、恐くって、お産体験者のコメントの載った雑誌を何回も何回も繰り返し読んでいました。「わたしはこうして乗り切った!」とか言う題だったかな。

私はICUにいた頃、子癇発作で意識のない褥婦さんを看たことがあります。突然の痙攣。見たことのない人は、すっごく驚くと思います。その褥婦さんは数日で発作が治まって、意識も回復し一般病棟へ転室していきました。
あとは、産後の弛緩出血で大量輸血、その後、子宮摘出術といった過程の患者さんにも会ったことがあります。

こんな経験をしてるから、余計に恐怖感が湧いて来ていたんですよね。

「私、もしかしたら、死ぬかもしれない・・・」って、

彼に言ったら、想定外の私の言葉に、「・・・・」

「私がもし死んじゃったら、よろしくね・・・」って言ったら、

「あ゛~~~」って、彼は泣きそうでした。

完全に私、マタニティーブルー入ってました。

こう思ってたからこそ、無事に産み終わった時、「よかった~」って泣けてきましたね~。

そして、ことちゃんの分娩直後のことも思い出しました。

無事産んで、胎盤も出て、縫合も終わりほっとしていた時、

研修医の女性の先生(もちろん私より若い)が「あっ!点滴全開にして!誰か先生呼んで来て!」と、明らかにパニクっている!

下腹部を押されて、ドバッっと温かいものが流れた・・・これは出血だね!と思った私。

「先生、どうしたの!?大丈夫だよね!」と私、先生に向かって言ってました。

輸血する?・・・意識がなくなる?・・・死ぬ?・・・

なぁ~んて考えてた私。

もちろん、こんなこと考える余裕があったんですから、出血も一時的なもので、止血剤、子宮収縮剤ですぐ止りました。
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1人の子供を生むのに、女性は命張って産んでるんです。

男性の皆様、母になった女性を褒めてあげてくださいね。

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2006年10月19日 (木)

決定!

勤務場所が決定しました。

育休前と同じ、外科病棟に決まりました。

看護部長室に行って、この件を聞いてから、早速、病棟に顔を出しに行きました。

ことちゃんを抱いて、颯爽とナースステーションに・・・。

でも、

誰も気づかない・・・寂しい・・・。

ちょうどこの時は16時過ぎ。スタッフは業務に追われていました。

追い込みの時間、“育休のんびりモードの人間”としゃべってる暇はない!

廊下に出れば、ナースコールで呼ばれ小走りで部屋に向かうスタッフ、汚物を片付けるスタッフ、

やっとこ捕まえたスタッフに「師長さんは?」と聞けば、「あー、会議。明日もって言ってた」と言いながら、手袋をはめながらワゴンを押して去っていった・・・。

あ~やっぱり、師長はいつも会議会議って昼にしか戻って来ないんだよね。

ナースステーションにいた中で、唯一私に気づいてくれたスタッフ。「あっ!」と声を発し、会釈してくれました。

目と目で会話。

忙しいんだね・・・また来るよ・・・と心の中でつぶやいて帰ろうとした時、

「あっ!」と、さっき私に会釈してくれたスタッフ。

受話器をとり ピ ポ パ 。

「レート(ハートレート=心拍)が40台です。・・・・130でした。・・・・」「・・・・、・・・・、・・・」

Drコールだね・・・。

急変だね・・・。

さようなら・・・。

また出直してくるね・・・。

 

私、このリズムの仕事場に戻るんだ・・・。

できるかなぁ・・・。

楽しみだけど、頭と体がついて行けるかが問題だぁ~。

ちょっと不安になった私でした。

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2006年10月 1日 (日)

フレッシュの頃のお話。

今回は、ヨッシーさんのコメントを受け、10年前の新人の頃の事を書いてみようかと思います。

ちょ~っと長くなります。

救急がやってみたかった私は、ICUに配属が決まって希望に満ち溢れてました。
そして、社会人1年生も同時にスタートさせました。

当時病院は、プリセプターシップを導入して2年目くらいだったと思います。
プリセプターシップとは、新人1人に先輩1人がほぼマンツーマンで指導・教育し、さらに上の先輩がアドバイザーに付くという、教育プログラムです。

実習で職場の雰囲気みたいなものは体験していたものの、実際にそこで働くとなった時、全く違った感覚にめまいがしそうでした。
ひと昔前なら、「見て覚えろ」状態だったそうですが、私達新人は、このプリセプターシップに救われた思いです。

私のいたICUは文字通り、集中治療の必要な重症な患者さんを看るところです。プラス、当時1次・2次救急はER(救急外来)・3次救急はICUで受けていました。
(3次救急とは心肺停止状態・全身熱傷・意識障害などなど、生命にかかわる重症な状態の患者さんを受け入れるところです。1次2次は軽症の患者さん。)

そんなところで、いきなり新人が手を出せる看護は、ないに等しいです。清拭(体を温かいタオルで拭く)で急変なんてこともある世界ですから・・・。その場にいるだけで息が詰まる・・・。緊迫した感じ・・・。手取り足取り教えてもらわないと、なんにも出来ません。

2週間は毎日毎日オリエンテーション。疾患やら治療やら検査やら看護やらの課題が出るので、帰宅後は毎日レポート作成。翌日提出。合格が出るまでやり直し=患者を看させてもらえない・・・みたいな追い詰められる毎日でしたが、不思議と楽しかったです。

でも、実際に患者さんを看る時、ほんとにプレッシャーで(もちろん上の人とペアで受け持ちをやるんですが)、家に帰ってもモニターのアラーム音が聞こえるような気がしたり、救急車の音を聞くだけで、気分が悪くなったりなんかもしました。

4月に就職して、6月くらいだったでしょうか。
「やめたい」ってなんとなく思いました。(新人がリアリティーショックで離職する率が一番高い月だそうです)
ほんとはやめたくないんだけれど、なんとなくそこの場から逃げ出したくなったんですね。
何するにも先輩に理由を語り、レポートを書き、毎月反省会に出席し、日々監視の目にさらされ、疲れちゃってました。
でも、やめなかった。何ででしょう?
それは、「やめたい」って言ったら、マンツーマンで教えてくれてた先輩が一緒に泣いてくれたのを見て、「この人もつらいんだ・・・」と思ったからかな。なんか冷静になっちゃいました(笑)。(今だから笑えるのよ)

やりがいは・・・1・2年では感じることはなかったです。3年目のある日、「あ~これがやりがいかも(泣いてました)・・・」って感じた瞬間は今でも忘れられません!この時の事は長くなるので、ここでは書きませんが・・・

ほんとに1年目は、業務を覚えることで必死、病態生理を理解するのに必死でした。
やりがいをそんな中で、自分で見つけるのは難しいでしょうね。
いつだったか、先輩が「私は、患者さんのガス(血液の中の酸素の量)を自分の勤務中に改善させることにやりがいをもっている。自分がやったこと(肺理学療法)の評価が数字で分かるから、100に近い数字が出るとうれしいの。」と教えてくれました。これを聞いて、「命を助ける」とかいう大きなことじゃなくてもいいんだぁーって、思いました。

プリセプターシップでは、私の場合、いい先輩に当たってラッキーでした。しかし、人間、合う合わないがありますよね。同僚はどうしても合わない先輩に当たってしまい、違う意味でとっても悩んでました。いわゆる、新人泣かせの、鞭しか持ち合わせていない人だったんですよね。でも、同僚は頑張りました。頑張れたのは、厳しい先輩でも、その中に「愛」を感じたそうですよ。

国試の時よりも勉強し、毎日充実した日々を過ごしてました。
「私の原点はあそこにある」と今でも感じます。
「好きこそものの上手なれ」

       Kagonami_4 mayu

(注): 当時はピチピチの20代。だからこそ、思いっきり仕事もできたし、思いっきり遊びもやりました。今、同じことやれと言われたら・・・いくら好きなことでも出来ないかもしれません・・・(笑)

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2006年9月26日 (火)

看護部訪問。

今日は病院の事務方から「新しい組合証(いわゆる健康保険証)が届いているから取りに来て」と連絡があり、保育園のお迎え前に、ことちゃん連れて行って来ました。

事務に行った時には、必ず看護部に寄るようにしています。私と赤ちゃんの顔見せを兼ねたご挨拶です。

看護部長さんに会うんですが、今回は復帰の日が近いので聞かれることはだいたい予想はしていましたが・・・。やっぱり、緊張しますね~。

「来月から来る気になった?」   えぇ~???来月って、来週じゃん!来れる訳ないよ・・・。

いえ。

「どこ(の病棟)に戻りたい?」   聞いてくれると思ってました!
          ・
          ・
          ・
このことを、育休中ずっと考えてました。

この病院に替わって来て、もう8年が経ちます。就職してからず~っと外科病棟にいます。

(前の病院では、すっごくやりたかったER兼ICUにいました。仕事はすっごく楽しくて、やりがいもあって辞めたくはなかったんですが、いろいろな事情があって今の病院に替わって来ました。今の病院にはICUがありません。だったら、外科をやりたいと希望を出してみたら通ってしまいました。後で聞けば、外科はきついので、やりたがる人はいないとかで・・・かなり珍しがられてたみたいです。)

他も経験してみたいか、外科に戻りたいか。

他の病棟(内科とか整形とか小児とか脳外とか・・・)を経験したことがないので、人の話、体験談を聞くしかありません。

内科も経験した人は、「外科は忙しすぎる、時間外が多い、急変も多くて神経(内科より)を使う」「内科はケア中心で頭はあんまり疲れないけど、寝たろうばっかりだとオムツ換え・体交・食介とで体がくたくた。でも時間外はほとんどない。」と言います。

「自分がやりたいことやればいいじゃないの。何を迷っているのか」と思うかもしれませんが、子供がいる身になってから、いろいろ難しい事が出てきます。時間外はできるだけやりたくないんです。保育園の迎えの時間に間に合わない・・・。

(独身の時には日勤で時間外してて、20時、21時でもオペ患が帰ってこれば、準夜さん手伝ってました。こんなことしてたらきりがないんですけどね。面白いから、ついつい・・・。もう、そんなことはできません・・・)

しわ寄せは、子供と彼と実母に行ってしまいます。

彼にも相談しました。

「仕事でやりがいが実感できるのって幸せじゃん。自分のやりたい仕事は何?」

ズバッと言われちゃいました。

時間外の少ない病棟に替わろうかと、私の気持ちは8割方決まってました。

しかし、ちゃんと見抜いてて、言われちゃいました。何だか、うれしかったです(涙)。
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外科に戻れますか?

「今は空いてないけど、あんまり外科やりたいって言う人いないからねぇ(笑)。外科に戻してあげれるように調整してみるね」と看護部長さん。

これでまた、外科ナースに落ち着くことになりそうです。

何とか、家事・育児・仕事・ブログが両立(?)できるように、半年は頑張ってみよう!と決意した日でした。

何で半年かは・・・分かる人には分かると思いますが、とりあえずの目標です。

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2006年9月18日 (月)

あなたの旦那様は大丈夫?

ちょっと長いお話になります・・・。
 

先週、同じ病棟で仕事をしていて、同じ時期に2人目を妊娠・出産し、只今育休中の同僚のお宅に遊びに行ってきました。

ことちゃんだけを連れて訪問。

ゆっくり話がしたくて、お互い上の子が保育園に行っているうちに会いました。

会うきっかけになったのは、
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「ほんとは10月から復帰なんだけど、12月いっぱいまで育休延ばしてもらった。」

どうして?体調悪い?

「旦那がちょっとね・・・」
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というような携帯メールの会話。

お互いの子供の話はさておき、育休を延長した訳とは・・・。

 

旦那様がうつ病を発症してしまった・・・

 

彼女は決壊した川のごとくしゃべり続けました。

2人目を無事に出産した頃、旦那さんが、出勤の朝、「腹が痛い」「胃が痛む」という事がありました。彼女はあまり気にしてなかったそうです。
3時間おきの授乳・育児に追われていた、そんなある日、電話が・・・。
旦那さんの仕事場の直属の上司からで、「話があるので来て欲しい」と。
 
『元気がない。ミスが増えてきている。
家庭ではどうか。
以前も同じような感じになった社員がいて、その時と似ている。
このまま、ミスが増えて行く様だと、解雇せざるをえない。』
 
本人を傷つけないように、精神科の門をくぐらせるように言われたそうで、彼女自身も、旦那さんの身体症状を聞いてしまっているので、診察してもらったほうがいいと判断したようです。
彼女が産休に入った頃、旦那さんは、今まで、一番下で働いていたが、新人に教えるポストに就いて、仕事量も増えていたそうです。
子供が生まれたことのプレッシッシャーというより、職場での環境の変化がきっかけになっていると、診断されたようです。
スパッと仕事を辞めて良くなる例もあれば、逆に、辞めたことで自分をさらに責めてしまう例もある・・・。
とりあえず、3ヶ月の診断書が出て、仕事は病欠扱いになりました。
家ではいつもと変わらない旦那さん。突然、休みをもらっても・・・というような感じで、本業とは全然違うバイトに出かけていたそうです。バイト中は特に精神症状はありませんでした。
そして、復帰。
同じ身体症状・ミスが出ました。そして、再び病欠。
再復帰は、仕事量も少なく、ゆっくり自分のペースでできる内容の部署に配置転換してもらい、9月から働いているそうです。
今のところ症状はないと・・・。

「旦那さんの精神症状が出ないことが確認できるまで、自分の仕事復帰は延ばしたい・・・」

このような理由でした。

旦那さんがこうなったのは、自分にも責任があるんじゃないか・・・と悩んでいました。

育児で手一杯で、話をする機会を作ってあげれなかった・・・。
旦那さんがどんな仕事をしているのか、あまりにも知らなさ過ぎた・・・。
今は育休中で、旦那さんに気を回してあげられるが、自分が仕事に戻ったら、そんな余裕もなくなって、精神症状が再燃したらどうしよう・・・。
自分が仕事辞めたほうがいいんじゃないのか・・・。

私は彼女の話をただただ聴いてあげることに徹しました。
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どうでしょう、みなさんの旦那様は、大丈夫ですか?

どんな仕事をしてるのか、聞いた事ありますか?

うちも、人ごとじゃありません。
 

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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2006年9月 6日 (水)

コントロールして下さい。

実家に行くと、たまにいる近所のおじちゃん。

私たちの親くらいの年齢になると、話題は「ここが痛い」「あそこが痛い」「あそこの人は元気か」「お前さんよりわしのほうが早よ逝くわ」・・・何回でも同じ話してます。

その、実家でたまに会うおじちゃんに大概聞かれるのは・・・

「お姉ちゃん(mayuのこと)、しっこの切れが悪いんだわー、なんでだろう?先生に聞いといて」

前立腺じゃないの?そんなことくらいの症状だけで個人的に私がご意見を聞いてくる内容じゃないでしょうに・・・。勇気を持って受診したらとアドバイスしときました。

次に会ったとき・・・

「お姉ちゃん、夜中何回もしっこに起きるんだわー、しっこの切れも悪いし、なんでだろう?どうにかならんのかぁ?」

私に「どうにか」はできません。受診したのかと問えば「行ってない」と。何が原因か分からないんだから、とりあえず勇気をもって受診したらと伝えました。
いい加減なこと、言えませんから・・・。

また次の再会にて・・・

「お姉ちゃん、夜中にしっこが行きたくて仕方がないんだわー、どうしてだぁ?」

またですか・・・。受診はしてないとの事。
よくよく話を聞いてみたら、DM(ダイレクトメールではありません。糖尿病のこと)で教育入院経験者。神経症状も出ているようで、足の裏が常にしびれているとか。

なのに、会うたび、ビールやらなんやらおいしいものをいつも食べている様子。
しょうがないので、私の持っている知識の範囲で回答しときました。

「高血糖だと多尿になって、おしっこジャージャーだよ。糖尿(病)から来るものなら、血糖をコントロールしないと治らないよ。」と言ったら、

「知っとる。」

がくっっっぅ。そうでしょ~、教育入院の時、教えてもらったんじゃないのかしら。

「糖尿は治らんのはわかっとる。そうか、夜中のしっこも治らんか・・・」

そうじゃなくて、コントロールすれば良くなるって・・・。
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看護師だから、何でも知ってるだろうと思っている人がいます。

決してそうではありません。

予測はできますが、診断はできません。

        Kagonami_3 mayu

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2006年9月 3日 (日)

耳鼻科にて・・・。

朝晩が、ずいぶん涼しくなってきました。

あーちゃん、朝だけ鼻汁(ビジュウ*医学用語でいわゆる鼻水のこと)が少し出ることがあります。

先日、朝起きてきたら鼻血が出ていて、その日から、鼻詰まり・・・。

2日たっても鼻声・・・、耳鼻科に行きました。ことちゃんは実家に預けて。

 

小さな町医者。
いつも混んでないのに、今日は待ってる人が5組ほどいました。
中待合に呼ばれ行くと、カーテンの向こうで診察中の親子のやり取りに耳が・・・。
いつものおじいちゃん先生じゃない!おばちゃん先生らしき声。
何回も通ってきているが、初めてだわ・・・。おじいちゃん先生は学会か?・・・

Dr 「はい反対」       ・・・・・・耳の診察をしている様子・・・・・
   「プールは入ってるー?ちょっと禁止だね」
   「4月のときの軟膏もってます?」
母  「同じなんですか?」
Dr 「残ってるの?」
母  「4月の時と同じなんですか?」
Dr 「軟膏のことをきいてるのよ!」
母  「わかってます!!症状は同じなのか聞いてるんですよ!」
Dr 「・・・で、残ってるのあるの?」
母 「ありますけど・・・。同じでいいんですか?」
Dr 「いいです、使って。  掻いたら治らないよっ。かゆみ止めの飲み薬、出しときますから飲ませてみてください。」
小学生低学年男の子  「かゆい時はどうするの?」
Dr 「掻いたら治らないよ!」
男の子  「えぇ~!どうするの?」
Dr 「掻いたら治らないからねー・・・・・・・・・・ひっぱってそれで気が済むんだったらひっぱったり・・・」
母 「・・・・」
Dr 「掻かないように痒み止め出しとくから、飲んでみて・・・」

女同士の戦いを見た感じがします。
少なからず、いつものおじいちゃん先生ならこんなツンケンしたやり取りにはならなかったと思われます。
臨時のこの先生。ちょっと頑固ですね。こんなくらいならかわいいもんだけど(笑)
自分のした質問の答えが返ってこないとイラついちゃって~
意地でも答えを言わせようとしているところなんか、頑固ちゃんですね~。
症状を説明したうえで、治療のお話しなきゃ、お母さん納得しないですよ~。

険悪な雰囲気を打ち破ってくれた男の子の質問。
かゆいんだよね~。知らないうちに掻いちゃうんだよね~。
「我慢しなさい」と言わなかったDrはえらかったですね。
子供に絶対掻くなって言うのは無理ですから・・・。
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次はあーちゃん。鼻の診察。吸引。鼻血の出たところの傷に軟膏塗布。・・・終了。

が、鼻声治ってないじゃん!  調剤薬局に来た時気づいた。
何吸引しとったんだよ~!鼻くそ取ってよ!そのために来たんだから~!カチカチの鼻くそ、ちょっと覗けば普通に見えるんですけど・・・。
口呼吸だと喉がすぐやられちゃうあーちゃん。
この週末乗り切るために来たの・・・。 がっくり。

鼻くそ、自然に出てくるのを待つか・・・。掘ると出血します・・・。

     

あーちゃんの事はまぁーいいんですが、

Drと母親のやり取りに触れ、思うことは・・・。

最近、患者さんの知識の向上はほんとにすごいです。テレビ番組の影響かな・・・。

だから、もっと賢くDrを利用(?)するといいのになぁと思います。

「患者は医者と対等だ!」と意気込むのはナンセンス。

患者になりきった振りで、Drをうま~~~く操るのが、一歩先行く頭のいい患者さんかな・・・。

これってかなり難しいけど、時々臨床で「うまいな~」っていう患者さんに出会います。

 

あっちもこっちも人間ですから。    

         Kagonami_1 mayu

 

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